「鬼怒川温泉」の版間の差分

編集の要約なし
m (隠しカテゴリ用ソートキー)
編集の要約なし
 
== 歴史 ==
古くは'''滝温泉'''という名前で<ref name="mashiko">{{Cite journal |和書|author =益子輝男|author2 =為国孝敏|author3 =中川三朗|title =戦後における東武鉄道と日光, 鬼怒川地域の観光との関連についての史的考察|date =1997|publisher =土木学会|journal =土木史研究|volume =17|doi=10.2208/journalhs1990.17.495|pages =495-500|ref = }}</ref>、鬼怒川の西岸にのみ温泉があった。[[江戸時代]]からあった温泉で、[[1752年]]([[宝暦]]2年)に発見されたとされる。日光の[[寺社領]]であったことから、日光詣帰りの諸[[大名]]や[[僧侶]]達のみが利用可能な温泉であった。
 
[[明治|明治時代]]になって滝温泉が一般に開放され、明治2年には東岸にも'''藤原温泉'''が発見された。その後、上流に[[水力発電|水力発電所]]ができて鬼怒川の水位が下がるとともに、川底から新源泉が次々と発見され、[[1927年]]([[昭和]]2年)に、滝温泉と藤原温泉を合わせて'''鬼怒川温泉'''と呼ぶようになり、その名称は今日までいたっている。この頃から多くの旅館・ホテルが開業を始め<ref name="mashiko"/>、[[1929年]]の下野電気鉄道(現・[[東武鬼怒川線]])の開通後はもきっかけとなり、次第に温泉として発展していった。
 
[[1927年]]([[昭和]]2年)に、滝温泉と藤原温泉を合わせて'''鬼怒川温泉'''と呼ぶようになり、その名称は今日までいたっている。戦後は特急「[[けごん (列車)|きぬ]]」の運行などもあり、東京から観光客が押し寄せて大型温泉地としての発展を見せた。
 
== 温泉街 ==