「日本近代史」の版間の差分

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(加山雄三も父親の上原謙も本名は「池端」であり、上原勇作とは無関係)
そうした中で、経済の行き詰まりとも見られる現象も見られ、マイナス成長すら記録されるようになった。そのため「構造不況」の克服、「[[構造改革]]」の必要が各方面から叫ばれるようになった。とくに[[首都圏]]と[[東海地方]]を除く多くの地方では、過疎化や産業空洞化が進展し、大都市との格差が広がった。[[2005年]]頃から企業業績が改善し、景気の回復が言われるようになった。しかし企業の人件費抑制などにより、国民の生活が豊かになっているという実感はごく一部に限られ、改革によって[[景気]]が良くなると言う展望も見えないまま、[[税金|増税]]が相次いで打ち出されようとしている。
 
 一方、[[アジア]]では[[中華人民共和国]]や[[大韓民国]]、[[マレーシア]]、[[ベトナム]]などの経済発展が目立ち、そのように大きく変化しつつあるアジアにおける日本の位置についても考え直す必要も指摘されている。少なくとも今日、日本のみがアジアで唯一経済的に繁栄することに成功した国ではなくなっている。それどころかこのままでは、近い将来、日本の成功ならぬ「日本の失敗」について語らなくてはならなくなるかもしれない。中華人民共和国の「[[四つの近代化]]」、マレーシアなど[[東南アジア諸国連合|アセアン]] (ASEAN) 諸国の共同体形成と近代化、ベトナムの[[ドイモイ]]なども現代の経済発展システムとして[[発展途上国]]では、より自らに近似的な経験として、日本の経験以上に注目されるようになっている。その意味では日本についても内側から見るだけではなく、外側から見る視点も必要となっていると言えるし、アジアについてより多元的な視点から考えることも必要となろう。
 
== 関連項目 ==
*[[東京時代]]
 
[[Category:日本史|にほんきんたいし]]
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