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'''浅野 長直'''('''あさの ながなお'''、[[慶長]]15年([[1610年]]) - [[寛文11年]]11年[[7月24日 (旧暦)|7月24日]]([[1671年]][[8月28日]]))は[[江戸時代]]前期の[[外様大名]]。[[浅野家]]では初代の[[赤穂藩]]主。5万3000石。[[赤穂藩]]の基礎を築いた名君として知られるが、どちらかというと[[元禄赤穂事件]]の[[浅野長矩]]の祖父としての方が有名。
 
[[慶長]]15年([[1610年]])、[[真岡藩]]主(のちに[[笠間藩]]主)である[[浅野長重]]([[浅野長政]]三男。広島[[浅野家]]の傍流の一つ)の長男として生まれた。母は[[三河吉田藩]]主[[松平家清]]の娘。幼名は又一郎。
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