「近代」の版間の差分

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古代-中世-近代という三区分法は[[宗教改革]]期以降も引き継がれた。[[プロテスタント]]の改革者たちも中世をカトリックの支配した暗黒時代、宗教改革以降の時代を[[キリスト教]]の理想が実現され[[最後の審判]]を間近に控えた時代と考えた。また[[啓蒙時代|啓蒙主義時代]]の啓蒙主義者たちの間で[[進歩史観]]の考え方が生まれ、ルネサンス以前の中世は歴史の[[発展]]の停滞した時代、以降の近世は[[理性]]と[[知識]]が常に増大して歴史が発展を続ける時代と考えられるようになった。こうした発想から、三区分法は自明の時代区分と見なされるようになってゆく。
 
伝統的な三時代区分の発想は[[19世紀]]以降も長く[[歴史学]]を支配してきたが、ルネサンスから500年を越えるに至った現在では、ルネサンスから[[市民革命]]までを[[近世]](temps moderne、初期近代、Early Modern)として[[国民国家]]成立後の近代から区別する四分法、あるいは近世に加えて[[20世紀]]の[[世界大戦]]を経験した後の歴史を[[現代 (時代区分)|現代]]とする五分法などの修正された形で用いられている。また、現代と併せて'''近現代'''(きんげんだい)と呼ぶケースもある。
 
今日では啓蒙主義的な進歩史観は反省の対象であり、また長らく暗黒時代とみなされてきた中世の再評価が行われている。こうした動きは、500年にわたって歴史に用いられてきた近代という概念そのものへの見直しにも通じる。
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