「柳寛順」の版間の差分

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[[1962年]]、[[大韓民国|韓国]]政府がその功績を認めて建国勲章を授与し、独立烈士と呼ばれるようになった。天安市の生家近くには柳寛順烈士記念祠堂が設けられ、西大門刑務所も歴史館として一般公開されている。
 
他方、柳寛順の勇敢さ、経歴や生年月、刑務所内で蛮行待遇については疑問に思える極端な誇張と確実な証拠に基づかない空想部分が多いという指摘もある。また一部の主張の中には、柳寛順の四肢が切断されて箱に詰められたというものもあるが、2002年に誇張があると疑問に思った韓国人がそのような事実もなかったことが学を拷問など受けてない五体満足だった柳の遺体を当時受け取った当時を知る人だった御老人の証言で明らかになっている。<ref>[http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=24426&servcode=400&sectcode=400 「柳寛順への日本の蛮行、誇張多い」]2002年2月26日『中央日報』</ref>
 
=== 朝鮮民主主義人民共和国における評価 ===
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