「ボシュニャク人」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2013年12月}}
[[File:Yugoslavia 2008 ethnic map fr.svg|thumb|300px|旧[[ユーゴスラビア]]の民族分布(2008年)。緑がボシュニャク人。]]
'''ボシュニャク人'''({{Langlang-bs|男性単数: Bošnjak/Бошњак}} {{IPA-sh|boʃɲǎːk|}}、女性単数: {{lang|bs|Bošnjakinja/Бошњакиња}}、男性複数: {{lang|bs|Bošnjaci/Бошњаци}})は、[[15世紀]]から[[19世紀]]にかけて[[オスマン帝国]]支配下で、[[イスラム教]]に改宗した[[南スラヴ人|南スラブ人]]の末裔である。民族の言語は[[ボスニア語]]だが[[セルビア・クロアチア語|セルビア・クロアチア諸語]]で、言語的には[[クロアチア人]]、[[セルビア人]]と大きな差はない。かつての[[ユーゴスラビア社会主義連邦共和国]]では'''[[ムスリム人]]'''(モスレム人)と呼ばれた。日本語表記としては他に'''ボシュニャック人'''、'''ボスニャク人'''、'''ボスニアク人'''、'''ボスニアック人'''などの表記が存在する。ボシュニャク人という名前はバルカン西部にある[[ボスニア]]の名前に由来している。ボシュニャク人は[[ボスニア・ヘルツェゴビナ]]を彼らの民族的故地と考えている。
 
バルカン諸国の全てのムスリムがボシュニャク人というわけではなく、他にも[[ポマク人]]のようなブルガリア人ムスリムの民族や、[[アルバニア人]]、[[トルコ人]]、[[ロマ]]のような非スラブ系ムスリムも存在する。