「そして誰もいなくなった」の版間の差分

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== 概要 ==
イギリスで新聞連載、アメリカで雑誌連載の後、1939年11月6日にイギリスのコリンズ社「クライム・クラブ」より ''"Ten Little Niggers"''、翌年1月にアメリカのドッド・ミード社「レッド・バッジ・ミステリー」より ''"And Then There Were None"'' として刊行された。
 
'''孤島から出られなくなった10人が1人ずつ殺されていく'''という「[[クローズド・サークル]]」の代表的作品であると同時に「童謡殺人」([[見立て殺人]])の代表的作品とも評される。
 
イギリスで新聞連載、アメリカで雑誌連載の後、1939年11月6日にイギリスのコリンズ社「クライム・クラブ」より ''"Ten Little Niggers"''、翌年1月にアメリカのドッド・ミード社「レッド・バッジ・ミステリー」より ''"And Then There Were None"'' として刊行された。
 
全世界で1億部以上を売り上げ、評価はクリスティ作品中でも特に高く、代表作に挙げられることが多い。
 
作者自身により[[戯曲]]化されておりいる。また、[[ルネ・クレール]]監督の1945年の映画(1945年)など映画や舞台、テレビドラマとして数多く上演されている。
 
== 作品の評価 ==