「安息日」の版間の差分

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'''安息日'''(あんそくじつ、あんそくにち、あんそくび<!-- 五十音順 -->([[#日本語での読み方|日本語での読み方]]を参照)、{{lang-he|שבת}}、{{lang-en|Sabbath}})は、[[アブラハムの宗教|西方系の宗]]([[ユダヤ教]]・[[キリスト教]]・[[イスラム教]]において、何もしてはならない日と定められた日である。
 
== 概要 ==
[[旧約聖書]]の[[創世記]]』で啓典の神が天地創造の7日目休息を取ったことに由来し、何も行ってはならないと定められた日とされている。週の7日目と定められており、実際には[[土曜日]]にあたる。旧約聖書の1日は、基本的に日没で区切るので、「土曜日」というのは深夜を一日の始まりとする現代の[[時法]]でいえば[[金曜日]]の日没から土曜日の日没までの間を言う。[[ユダヤ教]]この、安息聖なる日であり、[[戒律]]としていかなる労働も行わないことを求められる。[[キリスト教]]ではそれは厳密に求められることはない。なお、キリスト教では[[教会 (キリスト教)|教会]]に集まって[[礼拝]]を行う日は基本的に[[日曜日]]になっている。
 
 
旧約聖書の「日」は基本的に夕方で区切る。「土曜日」というのは深夜を一日の始まりとする現代の[[時法]]でいえば金曜日の日没から土曜日の日没までの間を言う。
 
「何もしてはならない」の範囲は宗派によりかなり差異があり、ユダヤ教では基本的に厳格であり、家事を含め日中は一切の労働を行わない。人命の救助など緊急の場合には安息日でも労働を行ってよいとされているが、教義に厳格な人々からは非難され救急車に投石されることもある。以前国際大会でボクシングの選手がたまたま試合の日が安息日になってしまったため、棄権したようなこともあった。キリスト教では歴史的には安息日の休日が重視されたが、一部の教派を除きそれほど強い禁止はない。[[ピューリタン]]([[改革派]])の教派では、娯楽などもつつしみ神の崇拝に専念する日とする考え方がみられるが、キリスト教全般の傾向からすれば、むしろ例外に属する。現代キリスト教の多くの宗派では普段より少し心静かに過ごす程度か定まった[[タブー|禁忌]]をもたない。また、してはならないことが収入を得るための労働のみと考えられることもあり、敬虔な信者でなければむしろ娯楽などはこの日に行う事が多い。
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『出エジプト記』20章では、神が天地創造において7日目に休まれてこの日を祝福し聖であると宣言したゆえに安息日を覚えて聖なる日とし、労働してはいけないことを教える。また『申命記』5章では、神がユダヤ人をエジプトの奴隷状態から連れ出して休みを与えたゆえに、安息日を覚えて聖別し、労働してはいけないことを教える。
したがって、ユダヤ教で安息日は、神が天地を創造したことを覚えるとともに、神がユダヤ人の歴史を救い、ユダヤ人が神の民であることを覚える記念日である。
 
したがって、ユダヤ教で安息日は、神が天地を創造したことを覚えるとともに、神がユダヤ人の歴史を救い、ユダヤ人が神の民であることを覚える記念日である。この日は捕囚期以後、シナゴーグにつどい、神を礼拝する日となった。
 
[[イスラエル]]では、[[シェバト]](シャバット)には機械の操作や火を扱うことができない(『出エジプト記』35章3節)とされている。このため、厳格なユダヤ教徒は金曜日の日没前までに食事の支度をし、安息日である土曜日は調理を行わない。安息日の食事として、金曜日の日没前に煮立たせてから燠火にかけて一晩中低温調理する[[チョレント]]や、金曜日の日没前に調理して冷めたものを食べる[[ゲフィルテ・フィッシュ]]が生まれたのはこのためである。また、国内ではユダヤ・アラブ間における「共存」を目指しているとされている[[ハイファ]]、ならびにアラブ系イスラエル人の都市や村落などを除きバスや鉄道など公共交通機関はすべて運休するうえ、国営航空会社もすべての航空便の運航を停止する(ただし、「シェルート(שרות)」という乗り合いタクシーは、上述のハイファだけではなく、テルアビブやベングリオン国際空港などにおいても運行されている)。スポーツ界では、国際大会に出場予定だった選手が、競技の日程が安息日と重なったとして欠場したケースもある。シャバトになるとエレベーターが各階停止の全自動運転になるところがある。これは「ボタンを押す」ことによって電気スイッチ内に火花が飛び「火を灯火する」ことを避けるためである。また同じ理由から電話番号を音声認識する「コーシェル・フォン(シャバットフォン)」なる電話機も存在する。それ故、ユダヤ教徒は安息日である金曜日の日没から土曜日の日没までは、本来は宗教的な観点から禁煙をしなければならない。しかし、ユダヤ教徒であるユダヤ系イスラエル人が安息日に喫煙を行うことは、宗教的にみればタブー視されるが成人であるならばイスラエルの法律に対する違法行為ではない(ただし、イスラエルにおいては、路上における喫煙行為は、民族や宗教に関わりなく2007年11月からは非合法とされている)。また、ユダヤ教とはいえどもあまり厳格でない宗派も[[改革派 (ユダヤ教)|改革派]]を中心に存在し、普通の家庭生活を送っているユダヤ教徒もいる。
 
=== キリスト教 ===
安息日は、聖書によると土曜日であった。しかし、[[キリスト教]]における重要な事項である『[[キリストの復活]]<ref>[[新約聖書]]『[[マタイによる福音書]]』28章1節 - 6節、他</ref>』『弟子に復活のキリストが現れた日<ref>[[新約聖書]]『[[ヨハネによる福音書]]』20章26節、他</ref>』『[[ペンテコステ]]<ref>[[新約聖書]]『[[使徒言行録]]』2章1節 - 42節</ref>』が起こった日はすべて日曜日である。AD321年3月7日 ローマ帝国のコンステンティヌス1世が日曜休業令を発布し、安息日を取消し、日曜日を礼拝日とした。<ref>Aye, Joseph Cullen(1913). A Source Book for Ancient Church History. 2.1.1.59g. New York City:Charles Scribner's Sons.pp.284-5</ref>
AD321年3月7日 ローマ帝国のコンステンティヌス1世が日曜休業令を発布し、安息日を取消し、日曜日を礼拝日とした。<ref>Aye, Joseph Cullen(1913). A Source Book for Ancient Church History. 2.1.1.59g. New York City:Charles Scribner's Sons.pp.284-5</ref>{{独自研究範囲|{{要出典範囲|キリスト教会では当初は安息日(土曜日)に集まって礼拝を行っていたが、のちに[[キリスト]]の復活を記念して、復活の日である日曜日を'''[[主日]]'''と呼び、礼拝を行うようになった。ローマの神や土地の神との結びつき(印欧化・混交)、ユダヤ教からの乖離政策であるといわれる。さらに西方教会では主日を安息日と同一視するようになった。|date=2016年12月}}。|date=2016年12月}}
 
ヘンリー・シーセン著『組織神学』<ref>ヘンリー・シーセン著『[[組織神学]]』[[聖書図書刊行会]][[1961年]]</ref>p397では『[[宗教改革]]者の[[ジョン・ノックス]]、[[マルティン・ルター]]、[[ジャン・カルヴァン]]らは、[[主日]]は旧約聖書の安息日と、同一視されてはならない、と言った。』と指摘している。