「検校」の版間の差分

(→‎架空の人物: 藪原検校と不知火検校について少し加筆。)
 
== 起源 ==
[[仁明天皇]]の子である[[人康親王|人康(さねやす)親王]]が若くして失明し、そのため[[出家]]して[[山科]](現在[[京都市]][[山科区]])に隠遁した。その時に人康親王が盲人を集め、[[琵琶]]や管絃、[[詩歌]]を教えた。人康親王の死後、側に仕えていた盲人に検校と勾当の2官が与えられた。これが検校と呼ばれる盲官の始まりといわれている。また、人康親王が坐って琵琶を弾いたという琵琶石は後に盲人達により[[琵琶法師]]の祖神として諸羽神社に祭られている。「法師」と呼ばれるのは、 検校もまた、[[剃髪]]し、正式な検校専用服(検校服)は僧服に近く、また実際に僧職となる者もいたからである
 
== 室町時代 ==
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