「ビッグ・ショー (プロレスラー)」の版間の差分

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マクマホン親子の用心棒として[[D-ジェネレーションX|D-X]]とも抗争。12月3日の新生ECW初の単独開催PPV[[ECW ディセンバー・トゥ・ディスメンバー#第2回大会(2006年)ECW Dicember to Dismember 2006|ディセンバー・トゥ・ディスメンバー]]の6人参加凶器[[エリミネーション・チェンバー・マッチ]]で[[ボビー・ラシュリー]]に敗れ王座を失い、直後の12月7日のECWでのラシュリーとの再戦に敗れリングから姿を消す。この裏には以前から苦しんでいた背中の痛みの問題があった。
 
=== WWE復帰・2007年~2009 - 2009年 ===
[[2007年]][[2月28日|2月末]]に契約満了に伴いWWEを正式退団。その後、[[2007年]][[4月27日]]に米[[テネシー州]]メンフィスで行われたハルク・ホーガンの自主興行で復帰するも、[[レッグドロップ]]からの3カウントで敗北。
 
10月にはジェリコを破り、[[WWEブラッギング・ライツ#第1回大会(2009年)WWE Bragging Rights 2009|ブラッギング・ライツ]]の番組対抗戦のチームRAWの一員となる。対するチームスマックダウンの主将がジェリコであったため、一時的に両者の関係が微妙なものとなった。しかしPPV当日、試合終盤で突如チームメイトである[[コフィ・キングストン]]、[[トリプルH]]を立て続けに襲撃し、結果的にジェリコ率いるチームスマックダウンを勝利に導いてしまう。翌日のRAWでは、スマックダウンの勝利をアシストしたために[[ジ・アンダーテイカー]]の[[WWE・世界ヘビー級王座|世界ヘビー級王座]]戦第一挑戦者となったことを明かした。11月の[[サバイバー・シリーズ#第23回大会(2009年)WWE Survivor Series 2009|サバイバー・シリーズ]]でトリプルスレット形式の王座戦に挑んだが王座獲得とはならなかった。7月の統一タッグ王座獲得以来様々なタッグを相手に王座を防衛してきたが12月の[[WWE TLC:テーブルズ・ラダーズ・アンド・チェアーズ#第1回大会(2009年)WWE TLC:Tables, Ladders and Chairs 2009|TLC]]での[[TLC戦]]で[[D-ジェネレーションX]]に敗れ王座を失った。
 
=== 2010年~2012 - 2012 ===
[[2010年]]の2月には[[ザ・ミズ]]とタッグを組み再び統一タッグ王者となる。しかし4月26日のRAWで[[ハート・ファウンデーション#ハート・ダイナスティ|ハート・ダイナスティ]]に敗れ王座を失う。そして同日行われたドラフトでスマックダウンに移籍するとともにベビーターンする。
 
そのあとすぐに世界王座戦線に進出し、シェイマス相手にヘル・イン・ア・セル(試合形式は普通)にて王座奪取。しかし直後に貫禄を無くし、シェイマスから逃げ回るような言動が増える。それでも王座は守り抜いた。
 
=== 2013年~2015 - 2015 ===
[[2013年]]1月のスマックダウンで[[アルベルト・デル・リオ]]とラストマン・スタンディング戦に敗れ王座陥落。その後もヒールとして活動、レッスルマニアでは一時的に[[シールド]]戦のためにベビーのオートンやシェイマスと組んで戦ったが敗戦し、試合後にオートンやシェイマスを襲った。
 
 
== 入場曲 ==
* Crank It Up([[ブランニュー・シン|BrandUp(Brand New Sin]])Sin) - 現在使用中
* Big
 
== 外部リンク ==
* [http://www.wwe.com/superstars/bigshow WWE Profile]
* {{twitter|WWETheBigShow|Big Show}}
* [http://www.onlineworldofwrestling.com/profiles/b/big-show.html Online World of Wrestling Profile]
* [http://www.cagematch.net/?id=2&nr=712&gimmick=Big+Show Cagematch Profile]