「逓信省」の版間の差分

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:5船倉式三島型貨物船で、[[川崎重工業]][[川崎造船所|神戸造船所]]等で10隻建造された。うち2隻は応急タンカーに改装されている。9隻が太平洋戦争で戦没し、終戦時残存したのは1隻のみである。
;C型(2,750トン、タービンorレシプロ、13ノット)
:4船倉式三島型貨物船で、[[IHI|名古屋造船]]等で41隻(制定前から同一要目で建造された[[第二号新興丸|新京丸型]]を含めて50隻)建造された。うち、タービン2隻、レシプロ1隻が応急タンカーに改装された。全てが太平洋戦争で全て戦没し、戦後に1隻が浮揚再生された。
;D型(三島型1,990トン・船尾機関型1,900トン、レシプロ、三島型12ノット・船尾機関型13.5ノット)
:4船倉式三島型貨物船と、2船倉式船尾機関型の2パターンある。三島型は[[藤永田造船所]]等で16隻、船尾機関型は日本海船渠等で5346(制定前から同一要目で建造されたものを含む)建造された。船尾機関型は日之出型貨物船を元にした船型で、非公式。船尾機関型は第二靑山丸型貨物船とも呼ばれ、うち6隻が応急タンカーに改装されたもの。三島型は太平洋戦争で14隻多数戦没し、2隻が終戦時残在するしていた。船尾機関型は太平洋戦争で44隻が戦没し、2隻が終戦時残存していた他、2隻が浮揚再生された。戦後、三島型をベースとした[[計画造船|第1次計画造船]]KD型が建造されたほか、船尾機関型も1隻が建造された
;E型(830トン、ディーゼル、10ノット)
:2船倉式三島型貨物船ではあるが、建造数がはっきりしない。
:1船倉式船尾集約型貨物船ではあるが、建造数がはっきりしない。
;K型(三島型5,400トン・長船尾楼型5,950トン・船尾機関型5,800トン、三島型レシプロ・長船尾楼型&船尾機関型タービン、三島型&長船尾楼型15ノット・船尾機関型15.5ノット)
:4船倉式三島型貨物船と、4船倉式長船尾楼型、5船倉式船尾機関型の3パターンある。三島型は[[三菱重工業神戸造船所]]で7隻、船尾機関型は[[IHI|東京石川島造船所]]で2隻、長船尾楼型は日本鋼管鶴見造船所等で8建造された。三島型と長船尾楼型3隻ずつ、計6隻が応急タンカーに改装された。大平洋戦争で全てが戦没した。
;TL型(10,000トン、タービン、19.5ノット)
:艦隊随伴用大型タンカー。[[IHI|播磨造船所]]で設計されたが、当時多数が就役していた[[川崎型油槽船]]を建造した方が良いと判断されたためか、商船としては起工されず、海軍給油艦仕様の[[風早 (給油艦)|風早]]、[[速吸 (給油艦)|速吸]]の2隻のみが起工され、速吸は後に航空機搭載に計画変更されたため、風早のみがオリジナルに近い形態で竣工した。
;TM型(5,200トン、タービン、16.5ノット)
:蘭印向け中型タンカー。[[日立造船|日立造船桜島工場]]等で7隻が建造された。太平洋戦争で全て戦没し、戦後に1隻が浮揚再生された。
 
== 鉄道 ==
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