「プリズム (バンド)」の版間の差分

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Kuzuryu66 (会話 | 投稿記録)
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== 来歴 ==
1970年代の中盤に入る頃、プロ志向だったギタリスト、[[和田アキラ]]のブッキング(演奏場所や参加メンバーの選定、マネージメント等)によるライブ・セッションから始まる。その都度、メンバーが変遷していきながらも、和田と同じ都内のロック演奏のコミュニティに属していた[[久米大作]]と[[カシオペア (バンド)|カシオペア]]の活動と掛け持ちだった鈴木リカなどが頻繁に参加。また、既にセミプロで活動していた[[渡辺建]]と[[伊藤幸毅]]らが和田のスカウトにより加入しメンバーが固まっていく。それと前後して毎回適当に付けられていたバンド名もプリズムと決まった。
 
デビュー前のプリズムの音楽性は、当時の和田が趣向していたロック&ブルース・ギタリストの[[カルロス・サンタナ]]率いるラテン・ロック・バンドの[[サンタナ (バンド)|サンタナ]]、ジャズ・ピアニストの[[チック・コリア]]率いるエレクトリック・バンドの[[リターン・トゥ・フォーエヴァー]]、そのバンドのギタリストである[[アル・ディ・メオラ]]らのインスト音楽に影響を受けたもので、そこにセッション活動開始後の[[1975年]]、かねてから注目していたロック・ギタリスト、[[ジェフ・ベック]]の全曲インスト・アルバム『[[ブロウ・バイ・ブロウ|BLOW BY BLOW]]』が発表されるに至って決定的となった。