「アパルトヘイト」の版間の差分

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[[ファイル:DurbanSign1989.jpg|thumb|300px|「[[ダーバン]]ビーチ条例第37節に基づき、この海水浴場は白人種集団に属する者専用とされる」と[[英語]]、[[アフリカーンス語]]、[[ズールー語]]で併記された1989年撮影の標識]]
 
'''アパルトヘイト'''(Apartheid<ref group="注">アフリカーンス語および[[オランダ語]]の発音。[[ドイツ語]]では「アパルトハイト」と呼ばれる。</ref>)は、[[アフリカーンス語]]で「分離、隔離」の意味を持つ言葉で、特に[[南アフリカ共和国]]における[[コーカソイド|白人]]と非白人([[ネグロイド|黒人]]、[[インド]]、[[パキスタン]]、[[マレーシア]]などからの[[アジア系南アフリカ人|アジア系住民]]や、[[カラード (南アフリカ共和国)|カラード]]とよばれる混血民)の諸関係を規定する人種隔離政策のことを指す。かねてから数々の人種差別的立法のあった南アフリカにおいて[[1948年]]に法制として確立され、以後強力に推進されたが、[[1994年]]全人種による初の総選挙が行われ、この制度は撤廃された
 
==概要==
かねてから数々の人種差別的立法のあった[[南アフリカ共和国]]において[[1948年]]に法制として確立され、以後強力に推進されたが、[[1994年]]全人種による初の総選挙が行われ、この制度は撤廃された。(ただし導入当初から批判的な者は国内外に存在していた。詳細は[[#反対運動から政策撤廃まで]]を参照)
 
== アパルトヘイト前 ==
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白人と黒人の居住区および生活圏を法的にくっきりとわけた。差別される側の黒人は約2500万人、インド系住民約90万人に対して、白人は490万人程度である<ref group="注">日本人などは名誉白人などとよばれ、白人居住区に居住した。</ref>。
 
===罰則===
白人居住区に入った黒人や、黒人居住区に入った白人は厳しく罰せられた。
===教育分野===
一人当たりの白人生徒の教育予算は、黒人生徒の10倍程度であったほか、黒人については義務教育ではなかった。