削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
18行目:
[[ボローニャ大学]]や[[パリ大学]]など、大学はもともと学問ギルド(同業者組合)として誕生し、教員はその同業者組合の組合員であった<ref>有本章、江原武一『大学教授職の国際比較』1996年、15頁</ref>。大学は幅広い社会階層に開かれていたが、学寮型の大学に移行するとともに、ラテン語による教育や単位の取得、学問のための費用などの要因からエリート層に限定された組織となり、大学教授職もエリート色の強い地位に変化した<ref name="kokusai16">有本章、江原武一『大学教授職の国際比較』1996年、16頁</ref>。
 
科学や研究が未発達な段階では、教授職は宗教を中心とするカリキュラムを媒介として学生に知識を伝達する教師であり教育に重点が置かれていた<ref name="kokusai16" />。19世紀前半になると[[ベルリン大学]]などで科学的研究が本格化し、大学教授は教師から研究者や科学者としての役割に比重が移った<ref>有本章、江原武一『大学教授職の国際比較』1996年、16-17頁</ref>。
 
== 日本 ==