「津野修」の版間の差分

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2004年と2009年の2回旭日大綬章を受章したとされていますが、2009年のみでしょう。
m (2004年と2009年の2回旭日大綬章を受章したとされていますが、2009年のみでしょう。)
{{Infobox 人物
{{存命人物の出典明記|date=2013年2月}}
|氏名 = 津野 修
{{年譜のみの経歴|date=2015年8月}}
|ふりがな = つの おさむ
'''津野 修'''(つの おさむ、[[1938年]](昭和13年)[[10月20日]] - )は、元[[最高裁判所裁判官|最高裁判所判事]]([[2004年]](平成16年)[[2月26日]] - [[2008年]](平成20年)[[10月19日]])。[[愛媛県]]出身。
|画像 = Osamu Tsuno 199908.jpg
==略歴==
|画像サイズ = 250px
|画像説明 = [[内閣法制局長官]]就任に際して<br />公表された肖像写真
|生年月日 = {{生年月日と年齢|1938|10|20}}
|生誕地 = {{Flagicon|JPN}} [[愛媛県]]
|没年月日 = <!-- {{死亡年月日と没年齢|XXXX|XX|XX|YYYY|YY|YY}} -->
|死没地 = <!-- 省略可 -->
|職業 = <!-- 省略可 -->
|国籍 = {{JPN}}
|出身校 = [[京都大学]][[法学部]]卒業
|配偶者 = <!-- 省略可 -->
|子供 = <!-- 省略可 -->
|親 = <!-- 省略可 -->
|親戚 = <!-- 省略可 -->
}}
'''津野 修'''(つの おさむ、[[1938年]](昭和13年)[[10月20日]] - )は、[[日本]]の[[大蔵省|大蔵]][[官僚]]、[[弁護士]]。[[勲等]]は[[旭日大綬章]]。[[第一東京弁護士会]]所属。
 
[[大蔵省]][[主税局]]税制第三課[[課長]]、[[内閣法制局]][[主幹|総務主幹]]、内閣法制局第三部[[部長]]、内閣法制局第一部部長、[[内閣法制次長]]、[[内閣法制局長官]]、[[最高裁判所判事]]などを歴任した。
 
== 概要 ==
[[愛媛県]]出身の[[大蔵省|大蔵]][[官僚]]である<ref name="profile">「プロフィール」『[http://www.kantei.go.jp/jp/daijinmeibo/0101daijin/22tuno.html 内閣法制局長官]』[[内閣官房|内閣官房内閣広報室]]。</ref>。[[大蔵省]]においては、[[主税局]]の税制第三課にて[[課長]]を務めた<ref name="keireki">「経歴」『[http://www.kantei.go.jp/jp/daijinmeibo/0101daijin/22tuno.html 内閣法制局長官]』[[内閣官房|内閣官房内閣広報室]]。</ref>。のちに[[内閣法制局]]に出向し、[[主幹|総務主幹]]を経て<ref name="keireki"/>、第三部や第一部にてそれぞれ[[部長]]を務めるなど<ref name="keireki"/>、要職を歴任した。[[1996年]]には[[内閣法制次長]]に就任した<ref name="keireki"/>。[[1999年]]には[[大森政輔]]の後任として[[内閣法制局長官]]に就任し<ref name="obuchi">「小渕内閣第1次改造内閣」『[http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/84-2.html 小渕内閣]』[[内閣官房|内閣官房内閣広報室]]。</ref>、[[小渕第1次改造内閣]]から[[第1次小泉内閣]]にかけて同職を務めた<ref name="obuchi"/><ref name="koizumi">「第87代第1次小泉内閣」『[http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/kakuryo/87.html 第1次小泉内閣]』[[内閣官房|内閣官房内閣広報室]]。</ref>。退職後は[[弁護士]]登録し、[[第一東京弁護士会]]に所属した<ref name="hanji">「最高裁判所判事一覧」『[http://www.courts.go.jp/saikosai/about/saibankan/hanzi_itiran/ 裁判所|最高裁判所判事一覧表]』[[最高裁判所]]。</ref>。[[第2次小泉内閣]]にて[[最高裁判所判事]]に任命され、[[2004年]][[2月26日]]から[[2008年]][[10月19日]]まで在任した<ref name="hanji"/>。
 
== 来歴 ==
=== 生い立ち ===
[[1938年]][[10月]]に生まれ<ref>「内閣法制局長官」『[http://www.kantei.go.jp/jp/daijinmeibo/0101daijin/22tuno.html 内閣法制局長官]』[[内閣官房|内閣官房内閣広報室]]。</ref>、[[高等学校]]を卒業するまで[[愛媛県]]で過ごした<ref name="profile"/>。[[京都大学]]に進学し<ref name="profile"/>、[[法学部]]で主として[[私法]]を学んだ<ref name="profile"/>。なお、在学中に[[公務員試験|国家公務員採用上級試験]]と[[司法試験]]の双方に合格している<ref name="profile"/><ref name="keireki"/>。[[1962年]][[3月]]、京都大学を卒業した<ref name="keireki"/>。同年[[4月]]、[[大蔵省]]に入省した<ref name="keireki"/>。
 
=== 大蔵官僚として ===
[[大蔵省]]においては[[主計局]]、[[主税局]]、[[関税局]]、[[理財局]]などに在籍したが<ref name="profile"/>、主に財政畑を歩んだ<ref name="profile"/>。なお、[[1971年]]から[[1974年]]にかけては、[[日本貿易振興会]]に出向しフランクフルト事務所の駐在員を務めた<ref name="profile"/>。[[1978年]][[7月]]には、[[内閣法制局]]に出向し[[参事官|参事官(第三部)]]に就任している<ref name="keireki"/>。のちに大蔵省に戻ると、[[1983年]][[7月]]より[[主税局]]の税制第三課にて[[課長]]を務めた<ref name="keireki"/>。その後、再び内閣法制局に出向することとなり、[[1986年]][[2月]]に[[主幹|総務主幹]]に就任し<ref name="keireki"/>、同年[[7月]]には第三部の[[部長]]に就任した<ref name="keireki"/>。[[1992年]][[12月]]、第一部の部長に就任した<ref name="keireki"/>。[[1996年]][[1月]]、[[内閣法制次長]]に就任した<ref name="keireki"/>。[[1999年]][[8月]]、[[大森政輔]]の退任に伴い、[[小渕第1次改造内閣]]にて[[内閣法制局長官]]に就任した<ref name="obuchi"/>。以来、[[第1次小泉内閣]]に至るまで内閣法制局長官を務めた<ref name="koizumi"/>。
 
=== 退官後 ===
退職後は[[弁護士]]登録し、[[第一東京弁護士会]]に所属した<ref name="hanji"/>。しかし、[[第2次小泉内閣]]によって[[最高裁判所判事]]に任命されることになり、[[2004年]][[2月26日]]から[[2008年]][[10月19日]]まで判事を務めた<ref name="hanji"/>。
 
== 担当審理 ==
===大法廷判決に対する対応===
*2005年(平成17年)9月11日において行われた衆議院総選挙の小選挙区の区割規定が憲法14条1項等に反していたか。多数意見(合憲・補足意見)
*衆議院議員小選挙区選出議員選挙について候補者届出政党所属候補者と無所属候補者に対する選挙運動の差異を設けることは憲法14条1項等に反するか。多数意見(合憲)
*国籍法3条1項は憲法14条1項に違反するか。反対意見(合憲)
 
=== 小法廷判決に対する対応 ===
*2008年3月:[[袴田事件]] - 再審請求棄却
*2008年8月:[[高知白バイ衝突死事故|高知白バイ衝突死事件]] - 上告を棄却 (裁判長裁判官)
 
== 略歴 ==
*[[1961年]](昭和36年) [[公務員試験|国家公務員採用上級試験]]合格
*[[1961年]](昭和36年) [[司法試験]]合格
*[[1999年]](平成11年) [[内閣法制局長官]]
*[[2003年]](平成15年) [[弁護士]]登録(第一東京弁護士会所属)
*[[2004年]](平成16年)[[2月26日]]- [[最高裁判所裁判官|最高裁判所判事]] 旭日大綬章
*[[2008年]](平成20年)[[10月19日]]- [[最高裁判所裁判官|最高裁判所判事]]定年退官
 
== 栄典 ==
*[[2009年]](平成21年)[[11月3日]]- [[旭日大綬章]]
 
同期に[[小川是]]、藤井威(内閣内政審議室長)、松田篤之(造幣局長)など
 
== 担当審理脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
===大法廷判決に対する対応===
{{Reflist|2}}
*2005年(平成17年)9月11日において行われた衆議院総選挙の小選挙区の区割規定が憲法14条1項等に反していたか。多数意見(合憲・補足意見)
*衆議院議員小選挙区選出議員選挙について候補者届出政党所属候補者と無所属候補者に対する選挙運動の差異を設けることは憲法14条1項等に反するか。多数意見(合憲)
*国籍法3条1項は憲法14条1項に違反するか。反対意見(合憲)
 
== 関連項目 ==
=== 小法廷判決に対する対応 ===
* [[内閣法制局長官]]
*2008年3月:[[袴田事件]] - 再審請求棄却
* [[最高裁判所裁判官]]
*2008年8月:[[高知白バイ衝突死事故|高知白バイ衝突死事件]] - 上告を棄却 (裁判長裁判官)
 
== 外部リンク ==
{{-}}
* [http://www.kantei.go.jp/jp/daijinmeibo/0101daijin/22tuno.html 内閣法制局長官] - 津野を紹介する[[総理大臣官邸]]のウェブサイト
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| title = {{flagicon|JPN}} [[内閣法制局長官]]
| years = 第59代:1999 - 2002
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[[Category:日本の最高裁判所裁判官]]
[[Category:内閣法制局長官]]
[[Category:日本の財務官僚]]
[[Category:日本の弁護士]]
[[Category:日本の財務官僚]]
[[Category:旭日大綬章受章者]]
[[Category:京都大学出身の人物]]
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