削除された内容 追加された内容
153.136.97.86 (会話) による ID:64695813 の版を取り消し
整理
1行目:
{{国際化|日本|date=2016年10月28日 (金) 16:24 (UTC)}}
 
'''観光'''(かんこう)とは、一般には、楽しみを目的とする[[旅行]]のことを指す。
 
語源は『[[易経]]』の、「観国之光,利用賓于王(国の光を観る。用て王に賓たるに利し)」との一節による。[[大正]]年間に、「tourism」の訳語として用いられるようになった。ただし、学者や論者によって定義が違うこともある。例えば、国土交通省『[[観光白書]]』では「宿泊旅行」を「観光」、「兼観光」、「家事、帰省」、「業務」、「その他」に分けている。この[[解釈]]によると家事、帰省、業務、その他を除いた旅行が「観光」である。
 
== 歴史 ==
人類最古の観光の形態は聖地への巡礼の旅であったと考えられている<ref name="Spain40">『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、40頁</ref>。
{{節stub}}
 
例えばスペインでは世界各国から[[サンティアゴ・デ・コンポステーラ]]への巡礼者を1000年以上にわたって受け入れてきた歴史がある<ref name="Spain40" />。
== 国会、政府機関の審議会等における位置づけ ==
[[観光立国推進基本法|観光基本法]]の制定に際し、法案作成の事務作業をした衆議院法制局では、観光の法的定義を試みたものの困難であると断念し、観光概念は世間で使われているものと同じ意味であるとしたと伝えられている(運輸省観光局監修『観光基本法解説』学陽書房1963年p.208)。
 
== 観光とツーリズム ==
用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞(観光丸、観光社、観光寺等)に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。
=== 観光関連団体 ===
「観光」の語源は『[[易経]]』の、「観国之光,利用賓于王(国の光を観る。用て王に賓たるに利し)」との一節による。[[大正]]年間に、「tourism」の訳語として用いられるようになった。ただし、学者や論者によって定義が違うこともある。例えば、国土交通省『[[観光白書]]』では「宿泊旅行」を「観光」、「兼観光」、「家事、帰省」、「業務」、「その他」に分けている。この[[解釈]]によると家事、帰省、業務、その他を除いた旅行が「観光」である。
 
明治期に多くの概念が西洋から輸入され、漢語を用いて造語され、収斂していった。社会、宗教、会社、情報等がその例として認識されているが、字句としての観光はこれらの新たに造語されたものとは異なり、既に存在していたものである。前述の通り固有名詞の一部として使用され朝日データベースに登場もしている。一方tourismが用語として日本社会において造語しなければならない状況にあったのは現在の資料では不明確である。touristに関してはツーリストと外来語のカタカナ表示がなされていた。
 
概念の明確化が求められる法令において観光が使用されたのは、1930年勅令83号[[国際観光局]]官制がはじめてである。朝日新聞データベースから推測されるように、世間では観光が国際にかかわるものに限定されて使用されていたにもかかわらず国際観光と表現した経緯につき、『観光の日本と将来』観光事業研究会1931年及び『観光事業10年の回顧』鉄道省国際観光局1940年に江木翼鉄道大臣(当時)の強い思い入れがあったと記述がなされている。当時の語感からすれば外遊に国際をつけて国際外遊と表現したかの印象があったのであろう。然しこの時に観光に国際をつけたが故に国内観光の用語の発生する余地ができたとも考えられる。
 
国際観光局の英文名はBoard of Tourist Industryとなっており、国際にあたる表示はなされていない。朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。
 
政府の観光政策[[審議会]]の「今後の観光政策の基本的な方向について」(答申第39号、[[1995年]][[6月2日]])」では、観光の定義を「[[余暇]]時間の中で、[[日常生活]]圏を離れて行うさまざまな活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」とし、「時間」、「場所・空間」、「目的」の3つの面から規定している。
 
さらに、「[[21世紀]]初頭における観光振興方策について」(答申第45号、[[2000年]][[12月1日]])によると、「いわゆる『観光』の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。」としている。
 
[[2008年]][[10月1日]]、[[国土交通省]]の[[外局]]として「[[観光庁]]」が発足し、第1種旅行業者の登録は、従来の国土交通省大臣登録から観光庁長官登録に変わった。
 
== 日本における観光の意味の変遷 ==
日本における「観光」という言葉の初出は、「[[観光丸]]」であるといわれる。昭和5年([[1930年]])[[濱口内閣]]の時[[国際観光局]]は創設された。「観光立国」の筆者である岸衛の進言によって創設された。名称は、[[鉄道大臣]][[江木翼]]の意見によったと言われている。博識であった鉄道大臣江木翼が『[[易経]]』を引用した<ref>[[富田 昭次]]『ホテルと日本近代』(学芸出版)</ref>。この時期には、「大変珍しいもの」という程度で用いられていたといった見方もあるが、ツーリスト・ビューローの出版物TOURIST([[1918年]][[3月]]号)では、[[アイヌ文化]]を詳しく伝えて、国の光=文化の概念の普及に努めている。
 
40 ⟶ 24行目:
なお狭義には、[[観光業|観光事業]]を指すこともある。
 
=== 観光とツーリズム ===
[[File:Szczecin, Centrum Informacji Kulturalnej i Turystycznej.JPG|thumb|[[シュチェチン]]お城での文化や観光情報センター, ポーランド]]
==== 使い分け「観光」との対比 ====
特に近年、「観光」という用語に物見遊山的な、あるいはビジネス的・事業的なニュアンスを感じる場合、あえて「観光」を用いず「'''ツーリズム'''」という用語を充てることも増えてきた。原義であるtourは、ろくろで回すという意味があるとされ、そういう意味では「'''周遊'''」に近い概念と言える。ただ、今日では「ツーリズム」は、「観光」とイコール、さらに広義では業務も含む「'''旅行'''」そのものと解釈されている。
 
しかし、近年はツーリズムという言葉は特に観光業者の間では特別なものと認識されることも増えてきた。かつての物見遊山的な観光をサイトシーイングとして昔の物とし、ツーリズムとは体験型観光として位置づける動きが強まっている。そして、ツーリズム自体もその特性によりさまざまな言葉を付加して区別している。環境に配慮したツーリズムをエコツーリズム、自然特に山や森などを扱うツーリズムをグリーンツーリズム、自然特に海を扱うツーリズムをブルーツーリズムと呼んだり、地域独自のツーリズム名が生まれたりしている。
 
日本でも都道府県や市町村の[[観光協会]]・観光連盟等でも「ツーリズム」を冠する団体が見られるようになってきた。例えば、[[兵庫県]]では、「社団法人ひょうごツーリズム協会」と、[[大分県]]では「財団法人ツーリズムおおいた」と「観光」を冠していない。また、大分県[[竹田市]]では市町村合併に伴い旧自治体単位であった観光協会を統合、「[http://www.taketan.jp/ 竹田市観光ツーリズム協会]」として再発足した(2006年3月)。
=== 観光関連団体 ===
都道府県や市町村の[[観光協会]]・観光連盟等でも「ツーリズム」を冠する団体が見られるようになってきた。例えば、[[兵庫県]]では、「社団法人ひょうごツーリズム協会」と、[[大分県]]では「財団法人ツーリズムおおいた」と「観光」を冠していない。また、大分県[[竹田市]]では市町村合併に伴い旧自治体単位であった観光協会を統合、「[http://www.taketan.jp/ 竹田市観光ツーリズム協会]」として再発足した(2006年3月)。
 
==== ツーリズムの付く用語 ====
{{節スタブ}}
ツーリズムのつく用語は非常に多い。ただ、概念や理念が先行しているものもある。
56 ⟶ 39行目:
:: ※表記法として「ツーリズム」の前に「・」を付ける場合もある。
 
==== 「観光化」の光と影ビジター産業 ====
宿泊を伴うか否かにかかわらず「観光旅行」の普及と発展は、「[[観光地]]」にさまざまなプラスのまたはマイナスの影響を引き起こす。このような現象は「観光(地)化」と呼ばれるが、これについては'''[[マスツーリズム]]'''に詳しい。
 
== ビジター産業 ==
「ツーリズム」には観光産業という意味もあるが、これに対して「'''ビジター産業'''」と呼ぶこともある。もともと米国発の発想で、目的の如何を問わず、その地を訪れる全ての人(ビジター)を対象にしていこうという考え方である。ただし、米国では来訪による移動の距離や宿泊を伴うかどうかにより、近隣や日帰りの場合は除外することもある(溝尾2003年)。
 
== 観光政策 ==
=== ヨーロッパ ===
ヨーロッパの観光政策では観光事業と歴史的建造物の保存と活用が特に着目されている<ref name="Spain40" />。
 
イタリア、フランス、イギリス、アメリカ等の欧米諸国では歴史的建造物の修復や再生、旧市街地の活性化など先進的な取り組みが実施されている<ref name="Spain40" />。
 
=== 日本 ===
[[観光立国推進基本法|観光基本法]]の制定に際し、法案作成の事務作業をした衆議院法制局では、観光の法的定義を試みたものの困難であると断念し、観光概念は世間で使われているものと同じ意味であるとしたと伝えられている(運輸省観光局監修『観光基本法解説』学陽書房1963年p.208)。
 
用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞(観光丸、観光社、観光寺等)に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。
 
明治期に多くの概念が西洋から輸入され、漢語を用いて造語され、収斂していった。社会、宗教、会社、情報等がその例として認識されているが、字句としての観光はこれらの新たに造語されたものとは異なり、既に存在していたものである。前述の通り固有名詞の一部として使用され朝日データベースに登場もしている。一方tourismが用語として日本社会において造語しなければならない状況にあったのは現在の資料では不明確である。touristに関してはツーリストと外来語のカタカナ表示がなされていた。
 
概念の明確化が求められる法令において観光が使用されたのは、1930年勅令83号[[国際観光局]]官制がはじめてである。朝日新聞データベースから推測されるように、世間では観光が国際にかかわるものに限定されて使用されていたにもかかわらず国際観光と表現した経緯につき、『観光の日本と将来』観光事業研究会1931年及び『観光事業10年の回顧』鉄道省国際観光局1940年に江木翼鉄道大臣(当時)の強い思い入れがあったと記述がなされている。当時の語感からすれば外遊に国際をつけて国際外遊と表現したかの印象があったのであろう。然しこの時に観光に国際をつけたが故に国内観光の用語の発生する余地ができたとも考えられる。
 
国際観光局の英文名はBoard of Tourist Industryとなっており、国際にあたる表示はなされていない。朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。
 
政府の観光政策[[審議会]]の「今後の観光政策の基本的な方向について」(答申第39号、[[1995年]][[6月2日]])」では、観光の定義を「[[余暇]]時間の中で、[[日常生活]]圏を離れて行うさまざまな活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」とし、「時間」、「場所・空間」、「目的」の3つの面から規定している。
 
さらに、「[[21世紀]]初頭における観光振興方策について」(答申第45号、[[2000年]][[12月1日]])によると、「いわゆる『観光』の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。」としている。
 
[[2008年]][[10月1日]]、[[国土交通省]]の[[外局]]として「[[観光庁]]」が発足し、第1種旅行業者の登録は、従来の国土交通省大臣登録から観光庁長官登録に変わった。
 
== 「観光化」の光と影 ==
宿泊を伴うか否かにかかわらず「観光旅行」の普及と発展は、「[[観光地]]」にさまざまなプラスのまたはマイナスの影響を引き起こす。このような現象は「観光(地)化」と呼ばれるが、これについては'''[[マスツーリズム]]'''に詳しい。
 
== 脚注 ==
108 ⟶ 114行目:
* [http://www.mlit.go.jp/kankocho/ 観光庁]
* [http://willypuchner.com/en/sdp1_index.htm See also ''Penguin’s Longing'' - A Project about Sightseeings] - - [[ヴィリー・プフナー]]
 
{{Socsci-stub}}
{{Economy-stub}}
 
{{主要産業}}