「中澤佑二」の版間の差分

サッカーを始めたのは小学校6年生とプロ選手の中では遅めだった<ref>[http://www.nhk.or.jp/professional/2009/0317/index.html プロフェッショナル 仕事の流儀] 第113回 2009年3月17日放送。</ref>。[[埼玉県立三郷工業技術高等学校]]はサッカーの名門校ではなかったために、卒業後Jリーグに売り込む価値を上げるべく[[ブラジル]]へサッカー留学を計画する。ブラジルのサッカークラブ・[[アメリカFC (ミナスジェライス州)|アメリカFC]]に加入し、次第に練習試合などにも起用されるようになった。チームメイトには[[ジウベルト・シウバ]]などがいた。一年後にビザ更新の為日本に帰国したところクラブから必要書類が届かずブラジルでのプレーを断念した。
 
Jリーグの各クラブへ売り込みをかけたがどのクラブからも誘いは来ず、母校のサッカー部で在校生に混じって練習を続ける。1998年に[[東京ヴェルディ1969|ヴェルディ川崎]]のユースチームとの練習試合で得点を挙げる活躍を見せ、これをきっかけに練習生契約でのが決まる。練習生契約では給料は支払われず、必要費用をクラブに支払って練習に参加する。認められればプロと一緒に練習が出来るが、クラブからは交通費など金銭補助は一切無く自腹での練習参加の身となり、地元の[[埼玉県]][[吉川市]]からヴェルディの練習場がある[[東京都]][[稲城市]]まで(交通費は往復で約1800円)片道2時間かけて練習に参加していた。この時の待遇と経験は本人にとっても屈辱だったようで、プロの練習を横目に単調な反復の基礎体力練習に明け暮れ、練習に付き合ってくれたトレーナーと共に嘆息していた<ref>媒体などでこの頃を振り返る時もかなりトーンダウンで語っているが、自らの体験を踏まえ、実績がなくて無名であってもプロの門を叩く者らにエールを送っている。</ref>。
 
=== 東京ヴェルディ ===
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