「オリバー・カーン」の版間の差分

祖父母は[[ラトビア]]出身。父もそこで生まれ、第二次世界大戦後にドイツへ来た<ref>[http://jp.uefa.com/uefaeuro/news/newsid=195447.html カーンに流れるラトビアの血]</ref>。
 
16歳の時にはクラブチームの試験にことごとく落ちる。[[カールスルーエSC|カールスルーエ]]にするまでは筋力トレーニングなど雌伏の時期を過ごした。カールスルーエでは数年かかって正GKの座を確保した。
 
[[サッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)|ブンデスリーガ]]や[[UEFAカップ]]での活躍が認められ、1994年、名門[[バイエルン・ミュンヘン]]へ移籍。初年度は味方[[ディフェンダー (サッカー)|ディフェンダー]]の[[サミュエル・オセイ・クフォー|クフォー]]と衝突し膝の十字靱帯を切断したためシーズンを棒に振たが、翌年からは活躍を見せた。コンスタントにレベルの高いパフォーマンスを見せ、バイエルン・ミュンヘンのGKコーチ、ゼップ・マイヤーの下でワールドクラスのGKに成長した。
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