「大喪儀」の版間の差分

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'''大喪儀'''(たいそうぎ)は、[[天皇]]・[[皇后]]・[[太皇太后]]・[[皇太后]]の[[葬儀]]のこと。[[19241926年]][[皇室喪儀令]]で詳細が記されており、現在も慣例として行われている。
 
現在の[[日本国憲法]]下では、現[[皇室典範]]の規定により[[天皇]]の時は、国の儀式として「[[大喪の礼]]」が行われる。
;御禊の儀(みそぎ)
;[[大祓]]の儀
 
 
== 変遷 ==
[[江戸時代]]末期から[[明治時代]]になり、[[孝明天皇]]の時に神道に則った形式へ変更され、[[明治維新]]と[[東京奠都]]の影響により、その三年祭は[[東京]]に移された宮中で[[神道]]に則って開催された。以後、[[英照皇太后]]と[[明治天皇]]と神式の形式が取られていった。
 
[[大正時代]]には、[[1909年]]に[[皇室服喪令]]、続いて[[19241926年]]に[[皇室喪儀令]]が制定され、天皇及び三后の逝去を「'''[[崩御]]'''」・葬儀を「'''大喪'''」と呼称する事が定められた。[[戦後]]の[[皇室典範]]改正により、皇室服喪令・皇室喪儀令は廃されたものの、慣例としてこれに準じた儀礼が採用された。
 
戦後、[[日本国憲法]]施行後は、[[1989年]]の[[昭和天皇]]の場合には、[[政教分離原則]]に反しない形で国家の儀式として「[[大喪の礼]]」、皇室の儀式として「大喪儀」と、名目上は分離され開催されており、「大喪儀」は神道に則った形式で執り行われた。
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