「ウラジオストク巡洋艦隊」の版間の差分

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7月から8月にかけて、「リューリク」と2等防護巡洋艦「[[ボヤーリン_(防護巡洋艦)|ボヤーリン]]」の先導によりさらに7隻の航洋水雷艇がウラジオストクへ到着した。しかし、砲艦と蒸気船「モスクワ」はウラジオストクへ来なかった。「モスクワ」はのちに「[[スモレンスク_(蒸気船)|スモレンスク]]」と称された高速蒸気船で、義勇艦隊が所有した[[クルーザー]]の中では最速の20[[ノット|kn]]の[[速力]]を誇っていた。この艦の欠如は、艦隊の行動力へ大きく影響を及ぼした。「ヘルソーン」も本来19.5 knの速力を持っていたが、[[ボイラー]]不調によりこの速力の発揮は見込めず、従って実戦への投入は限定的なることが予想された<ref name="Melnikov1989-12"/>。
 
[[File:Sunngari1888Sungari 1888-1904.jpg|thumb|200px|left|ウラジオストク港の水雷艇。]]
1903年9月には、母港を旅順からウラジオストクへ移した。そこでは、すでに同港にあった10隻の水雷艇と補助巡洋艦「[[レーナ_(補助巡洋艦)|レーナ]]」(蒸気船「ヘルソーン」から改名された)がウラジオストク巡洋艦隊に編入された。こうして、ウラジオストク巡洋艦隊の戦力は総勢装甲巡洋艦が新旧3隻、新型の防護巡洋艦が1隻、戦力としては不安のある補助巡洋艦が1隻、長距離航海は困難な水雷艇が10隻となった。事実上、戦術的に有効な戦力として見込めるのは3隻の装甲巡洋艦と防護巡洋艦1隻だけであった。
 
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