「ディエゴ・マラドーナ」の版間の差分

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[[プリメーラ・ディビシオン (アルゼンチン)|アルゼンチン・リーグ]]史上最年少でプロデビューし、[[ボカ・ジュニアーズ]]を経て欧州に渡った。[[FCバルセロナ]]ではさまざまな問題に悩まされたが、[[SSCナポリ]]では[[セリエA (サッカー) |セリエA]]優勝2回、[[UEFAヨーロッパリーグ|UEFAカップ]]優勝1回の立役者となり、「ナポリの王様」としてファンに愛された。[[セビージャFC]]、[[ニューウェルズ・オールドボーイズ]]、ボカ・ジュニアーズでの在籍は短期間に終わり、1997年に現役引退した。引退から時間が経った現在でも彼の信奉者はファン、選手、サッカー関係者を通じて多く特にアルゼンチンでは彼を「神の子」と崇拝する宗教が生まれ、ナポリでは旧市街に彼を讃える祭壇が設けられているほどである。
 
1977年に歴代最年少でアルゼンチンAフル代表にデビューし、1979年にはU-20アルゼンチン代表として[[1979 FIFAワールドユース選手権|FIFAワールドユース選手権]]で優勝して大会最優秀選手に選ばれた。[[FIFAワールドカップ]]には1982年大会から4大会連続で出場し、[[1986 FIFAワールドカップ]]ではチームを牽引して優勝に導いた。準々決勝の[[サッカーイングランド代表|イングランド]]戦で見せた「[[神の手 (サッカー)|神の手]]」ゴールと「[[1986 FIFAワールドカップ準々決勝 アルゼンチン対イングランド#世紀のゴール|5人抜き]]」ドリブルは彼のスタイルを象徴するプレーとして後世に語り継がれている。[[1994 FIFAワールドカップ]]では大会中のドーピング検査で陽性と判定され大会から追放処分を受けた。
 
選手時代からたびたび違法薬物の使用が取り沙汰され、現役引退後は入退院を繰り返した。2008年に[[サッカーアルゼンチン代表|アルゼンチン代表]]監督に就任し、[[2010 FIFAワールドカップ]]南米予選を辛くも突破したが、本大会では準々決勝で敗れ、2010年7月に解任された。
 
=== 代表経歴 ===
プロデビューから間もなくアルゼンチン代表に招集され、1977年2月16日、[[サッカーハンガリー代表|ハンガリー]]との親善試合に途中出場し、Aフル代表の最年少出場記録を樹立した。翌年に地元開催された[[1978 FIFAワールドカップ]]には最終候補の25人に残りながら、「経験不足」という理由により大会登録メンバーから外れた。マラドーナはこの落選を「人生に永遠に残る、決定的な、一番大きな失望だった」と語る<ref>マラドーナ2002、38頁</ref>。1979年6月2日、[[サッカースコットランド代表|スコットランド]]との親善試合で代表初ゴールを決めた。
 
==== 1979 FIFAワールドユース選手権 ====
:[[ラモン・ディアス]]とマラドーナは犬猿の仲だとされ、1986 FIFAワールドカップと1990 FIFAワールドカップへのディアスの出場をマラドーナが妨げたと言われることがある。しかし、マラドーナは自伝の中で不仲説を否定し、[[カルロス・ビラルド]]監督にディアスの招集メンバー入りを進言したと主張している<ref>{{cite news |url=http://www.independent.co.uk/news/people/profiles/ramon-diaz-globetrotting-thoroughbred-commits-to-oxford-cause-485829.html |title=Globe-trotting thoroughbred commits to Oxford cause |publisher=The Independent |date=2005-01-01 |accessdate=2010-11-29}}</ref>。
; リオネル・メッシとの関係
:左利きで小柄であること、ドリブルとスピードにおいてずば抜けていること、FCバルセロナでのプレー経験があること、アルゼンチン人であること、Aフル代表デビュー戦が[[サッカーハンガリー代表|ハンガリー]]戦であることなど、[[リオネル・メッシ]]とマラドーナにはいくつかの共通点がある<ref>ルーカ・カイオーリ『メッシ -169センチの本気』、井上知訳、東邦出版、2010年、132頁</ref>。2007年4月18日の[[FCバルセロナ]]対[[ヘタフェCF]]戦において、メッシがマラドーナの「5人抜き」ドリブルそっくりのプレーを見せ、メッシは「ゴールはディエゴ(マラドーナ)に捧げる」と発言したが、マラドーナは「比較は大げさすぎる。僕のゴールとは関係ない」と冷たくあしらった<ref>ルーカ・カイオーリ『メッシ -169センチの本気』、井上知訳、東邦出版、2010年、125-126頁</ref>。同年6月9日のバルセロナ・ダービーにおいてメッシは「神の手」ゴールそっくりのプレーを見せた<ref>ルーカ・カイオーリ『メッシ -169センチの本気』、井上知訳、東邦出版、2010年、127頁</ref>。マラドーナはメッシと自分との比較について「僕のほうが上だと思うよ」<ref>{{cite news |url=http://web.gekisaka.jp/388588_114488_fl |title=“絶口調”マラドーナ、「ペレ? 彼が対戦したのは動きもしない選手たち」 |publisher=ゲキサカ |date=2013-02-27 |accessdate=2013-05-23}}</ref>と一旦は発言したが、後にこれを否定して「メッシの母親ならば、レオが一番と答えるだろうね」とペレの時と同じような発言をし、更に「僕は彼を愛している。自分の夢を語るならば、バルセロナ指揮官としてメッシを指導することだ」<ref>{{cite news |url=http://web.gekisaka.jp/388922_114759_fl|title=マラドーナ氏:「CR7はアニマルそのもの」 |publisher=ゲキサカ |date=2013-03-05 |accessdate=2013-05-23}}</ref>と述べている。
 
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