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== 歴史 ==
* [[1957年]][[9月30日]]:エア・オーストリアとオーストリアン・エアウェイズの合併で誕生。翌年に[[ロンドン]]及び[[チューリッヒ]]線を開設する。
 
[[1957年]][[9月30日]]:エア・オーストリアとオーストリアン・エアウェイズの合併で誕生。翌年3月31日に[[ビッカース バイカウント|ビッカース バイカウント779]]の機材で[[ロンドン]]及び[[チューリッヒ]]線を開設する。1960年代半ばにはビッカース バイカウント837を6機調達し、1969年には[[サベナ・ベルギー航空]]と提携を開始し、ブリュッセル経由ニューヨーク便の運航を開始した。
ジェット機の時代に至り、[[アドリア航空]]と提携を開始し、[[ユーゴスラビア]]方面に向かう乗客の乗り継ぎを行った。1963年より[[シュド・カラベル]]にてジェット機運用を開始し、1971年に[[マクドネル・ダグラス DC-9]]を導入したのを機に中距離便の運航に使用した。
1980年10月にMD-81を導入した。ここから長距離便の運航をスタートすることになった。
1990年に[[スイス航空]]が設立した[[クオリフライヤー]]に加入する。それから中国や南アメリカに路線を拡大するなど急激に路線を拡大した。
[[1997年]]:ラウダ航空を傘下に収め<ref>1957~1997 「こだわりのエアラインガイド改訂版」イカロス出版</ref>、[[2000年]]に[[スターアライアンス]]に加盟した。
2006年10月に経費削減政策を承認した。長距離路線をキャンセルし、[[エアバスA330]]や[[エアバスA340]]といった機材を売却し、[[ボーイング767]]や[[ボーイング777]]といった機材を導入した。[[2008年]]12月:ルフトハンザドイツ航空がオーストリア航空グループの株式41.56パーセントを取得し、ルフトハンザ・グループに入る事が明らかになった<ref name="ルフトハンザ傘下">{{Cite web|url=http://konzern.lufthansa.com/en/html/presse/pressemeldungen/index.html?c=nachrichten/app/show/en/2008/12/880/HOM&s=0|archiveurl=http://web.archive.org/web/20090908024738/http://konzern.lufthansa.com/en/html/presse/pressemeldungen/index.html?c=nachrichten/app/show/en/2008/12/880/HOM&s=0|title=Austrian Airlines takes off into new future with Lufthansa|publisher=ルフトハンザドイツ航空|date=2008-12-5|archivedate=2009-9-8|accessdate=2015-5-6}}</ref>。[[2009年]][[9月3日]]にはルフトハンザドイツ航空が株式の90%以上を取得し、オーストリア航空を買収した<ref>[http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20090903AT2M0303W03092009.html ルフトハンザ、オーストリア航空を月内グループ傘下に]{{リンク切れ|date=2011年5月}} - 日本経済新聞</ref><ref name="共同">{{Cite web|url=http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009090301001162.html|title=ルフトハンザが欧州最大に オーストリア航空を買収|publisher=共同通信|date=2009-9-3|accessdate=2015-5-6}}</ref>。[[2012年]]、[[ラウダ航空]]を統合し<ref name="ラウダ統合">{{Cite web|url=http://flyteam.jp/news/article/48179|title=オーストリア航空、737の退役完了 中距離機材はA320ファミリーに統一|date=2013-4-3|accessdate=2015-5-6}}</ref>。[[2015年]] [[4月1日]]:[[チロリアン航空]]を統合し、新ブランド・アイデンティティを発表する。新戦略で欧州域内運賃もサービスに対する追加料金を課金するモデルへ刷新し<ref name="チロリアン統合">{{Cite web|url=http://flyteam.jp/news/article/48179|title=オーストリア航空、新ブランド発表 「myAustrian」に塗装を変更|date=2015-4-2|accessdate=2015-5-6}}</ref>、同年[[6月3日]]2016年3月頃から開始していた中距離路線の機材更新検討を、フォッカー製の機材からエンブラエルへの切り替えを取締役会で決定する。導入するエンブラエル機はいずれも[[ルフトハンザ・シティーライン]]で運用されているERJ-195で、2009年から2012年に製造されたもので、機齢平均4年の機体となった。[[11月25日]]:エンブラエル機導入で余剰機となるフォッカー機を、オーストラリアのアライアンス・エアラインに売却する事を決定する。この売却費用の550万ドル分はアライアンス・エアラインの株式での取引となり、オーストリア航空はアライアンス・アビエーションの株主となった。
 
== 日本での歴史==
* [[1989年]][[7月16日]]:3社([[アエロフロート]]、[[全日本空輸]])共同運航で、ウィーン - モスクワ - 成田線を開設する。[[エアバスA310|A310]]で運航する。
* [[1994年]]:ウィーン - 関西線を開設する。
* [[1997年]]:ラウダ航空を傘下に収め<ref>1957~1997 「こだわりのエアラインガイド改訂版」イカロス出版</ref>、[[2000年]]に[[スターアライアンス]]に加盟した
* [[2000年]]:[[航空連合]][[スターアライアンス]]に加盟する。
* [[2008年]]12月:ルフトハンザドイツ航空がオーストリア航空グループの株式41.56パーセントを取得し、ルフトハンザ・グループに入る事が明らかになった<ref name="ルフトハンザ傘下">{{Cite web|url=http://konzern.lufthansa.com/en/html/presse/pressemeldungen/index.html?c=nachrichten/app/show/en/2008/12/880/HOM&s=0|archiveurl=http://web.archive.org/web/20090908024738/http://konzern.lufthansa.com/en/html/presse/pressemeldungen/index.html?c=nachrichten/app/show/en/2008/12/880/HOM&s=0|title=Austrian Airlines takes off into new future with Lufthansa|publisher=ルフトハンザドイツ航空|date=2008-12-5|archivedate=2009-9-8|accessdate=2015-5-6}}</ref>。
* [[2009年]][[9月3日]]:ルフトハンザドイツ航空が株式の90%以上を取得し、オーストリア航空を買収した<ref>[http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20090903AT2M0303W03092009.html ルフトハンザ、オーストリア航空を月内グループ傘下に]{{リンク切れ|date=2011年5月}} - 日本経済新聞</ref><ref name="共同">{{Cite web|url=http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009090301001162.html|title=ルフトハンザが欧州最大に オーストリア航空を買収|publisher=共同通信|date=2009-9-3|accessdate=2015-5-6}}</ref>。
* [[2012年]]:[[ラウダ航空]]を統合する<ref name="ラウダ統合">{{Cite web|url=http://flyteam.jp/news/article/48179|title=オーストリア航空、737の退役完了 中距離機材はA320ファミリーに統一|date=2013-4-3|accessdate=2015-5-6}}</ref>。
* [[2015年]]
** [[4月1日]]:[[チロリアン航空]]を統合し、新ブランド・アイデンティティを発表する。新戦略で欧州域内運賃もサービスに対する追加料金を課金するモデルへ刷新する<ref name="チロリアン統合">{{Cite web|url=http://flyteam.jp/news/article/48179|title=オーストリア航空、新ブランド発表 「myAustrian」に塗装を変更|date=2015-4-2|accessdate=2015-5-6}}</ref>。
** [[6月3日]]:2016年3月頃から開始していた中距離路線の機材更新検討を、フォッカー製の機材からエンブラエルへの切り替えを取締役会で決定する。導入するエンブラエル機はいずれも[[ルフトハンザ・シティーライン]]で運用されているERJ-195で、2009年から2012年に製造されたもので、機齢平均4年の機体となる。
** [[11月25日]]:エンブラエル機導入で余剰機となるフォッカー機を、オーストラリアのアライアンス・エアラインに売却する事を決定する。この売却費用の550万ドル分はアライアンス・エアラインの株式での取引となり、オーストリア航空はアライアンス・アビエーションの株主となった。
* [[2016年]]
** [[4月6日]]:日本経済の停滞と円安による価格競争の激化により、不採算路線となったウィーン - 東京線の廃止を発表する。最終便はウィーン発2016年9月3日と東京発翌4日となる。<ref name="東京線廃止">{{Cite web|url=http://www.austrianairlines.ag/Press/PressReleases/Press/2016/04/020.aspx?sc_lang=en&mode=%7b30999B4B-42D0-45A6-B671-FE5E3CB68ED8%7d|title=オーストリア航空、日本撤退を発表|date=2016-4-6|accessdate=2016-4-6}}</ref><ref>[http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=72006 オーストリア航空、9月に日本から撤退] Travel vision, 2016年4月7日</ref>。