「疲労 (材料)」の版間の差分

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== 現象および機構 ==
[[物体]]はその機械的[[強度]];引張強度([[:en:Ultimate tensile strength|UTS]],降伏応力)より小さい力学的[[応力]]を一時的に受けても破壊されることはなく、[[弾性]]範囲内であれば応力を取り除くことにより元の状態に復元する。しかしながら、巨視的には[[弾性]]範囲内の小さい応力であっても、原子論レベルの微視的状態においては、ごく一部の原子がもとあった場所に戻らない非弾性的振る舞いを起こし([[転位|転位現象]])、それが蓄積されることによって強度が劣化する。繰り返し応力を受ける場合、破壊された断面を観察すると縞状の模様が観察されることが[[面心立方格子構造|面心立方]]金属([[アルミニウム|Al]]、[[銅|Cu]]、[[オーステナイト]]鋼)に多く見られ、その襞の1つが一振幅の負荷に相当しストライエーション(Striation)や固執すべり帯([[:en:Slip (materials science)|Persistent slip bands;PSBs]])呼ばれる。
 
疲労による機械的強度の低下は多くの場合、始めに物体に微小な割れ目(クラック)が発生し、繰り返し[[応力]]を受けることによって割れ目が次第に大きくなる機構による。物体に応力が加えられると[[弾性]]範囲内であっても[[拡散]]現象などによってわずかな物質の移動が発生して応力を緩和しようとする。物質の移動によって微小な割れ目が発生すると、その割れ目の先端において応力が大きくなり、割れ目が進行するようになる。物体を構成する物質の一部が、応力を受けて[[弾性率]]や強度の小さい別の物質に変化する場合にも同様の現象が起こる。
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=== 疲労限度 ===
{{Main|疲労限度}}
鉄鋼系材料であれば、10<sup>6</sup>から - 10<sup>7</sup>回ほど繰り返したところで、S-N曲線がほぼ横ばいになり、それ以下の応力では何度回数を繰り返しても破断しないと考えられる応力振幅の限界点が存在する場合がある。この時の応力振幅を[[疲労限度]]([[:en:Fatigue limit|Fatigue limit]])または耐久限度(endurance limit)と呼び、長期間変動荷重に晒されるものを設計する際の目安になる。ただし、対象となる部材の表面状態や欠陥・切欠き等の有無、雰囲気、外気温度、繰り返し応力の加わり方などによって疲労限度は大きく異なり、あるいは疲労限度が存在しなくなる場合も存在する。疲労の許容応力をどのように評価するかは、実験値の疲労限度のみならず、対象物の実際の使用状況を検討し、多くの影響因子を考慮して決める必要がある。また、右下がりに傾斜している範囲の応力を時間強度(strength at finite life)あるいは単に疲労強度(fatigue strength)と呼び{{refnest|group="注釈"|ただし疲労限度も含めたその材料の一般的な疲労に対する強度のことを疲労強度と呼ぶことも多い。}}、例えば10<sup>6</sup>回に対応する時間強度(応力)を10<sup>6</sup>時間強度などと呼ぶ。[[アルミニウム]]や[[黄銅]]、あるいは[[プラスチック]]などは、鉄鋼系材料のような明確な疲労限度を持たず、繰り返し回数を多くするほど破断応力は低下する傾向を示す。このような材料では10<sup>7</sup>~10 - 10<sup>8</sup>回程度の時間強度を疲労限度と同じような目安と見なして取り扱う<ref name = "機械工学辞典_1110"/>。
 
=== 寿命予測式 ===
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疲労の本質に迫った実験としては、1837年にドイツのウィルヘルム・アルバート(Wilhelm Albert)が、[[鉱山]]の鉄製チェーンの疲労に関する実験結果を報告したものが最初である<ref name = "図解入門よくわかる最新金属疲労の基本と仕組み_12-14"/>{{Sfn|境田ほか|2011|p=77}}。アルバートは[[鉱山]]の[[巻き上げ機]]の鉄製の[[鎖]]が時折突然破断することを経験して、その原因を調査する中で、巻き付けの繰返しが原因と推測して鎖用の疲労試験を考案、実施した{{Sfn|境田ほか|2011|p=76}}。試験では、安定した繰返し荷重を実験対象のチェーンに与えるために、[[水車]]の仕組みを利用していた<ref name = "図解入門よくわかる最新金属疲労の基本と仕組み_12-14"/>。この試験により、アルバートは、静的な破断限界より小さな力でも繰り返し作用することで突然破断することを見出した{{Sfn|境田ほか|2011|p=76}}。
 
1853年にはフランスのモラン(A. Morin)が郵便馬車の車軸について、走行距離が7万kmキロメートルを越えると破壊が始まることから、この距離を走行した時点で点検・交換することを指示した記録が残されている<ref name = "絵とき「金属疲労」基礎のきそ_82-83"/>。これが疲労破壊に対する予防保全の最初の例である。
 
1856年から1869年にかけて、ドイツの技術者であったアウグスト・ヴェーラー({{lang|de|August Wöhler}})は、自ら回転曲げ疲労試験機を作り出し、鉄道用[[車軸]]を使って疲労実験を繰り返し、疲労を科学的に分析した<ref name = "絵とき「金属疲労」基礎のきそ_42-43"/>。その結果、S-N曲線により疲労破壊特性を整理可能なことを発見した<ref name = "絵とき「金属疲労」基礎のきそ_42-43"/>。1870年、ヴェーラーは、車輪に10<sup>6</sup>回程度振動を繰り返した後は、どれだけ回数を繰り返しても耐久応力が下がらず、永久に耐え続けられるある一定の応力があることを発表した。このことをヴェーラー自身は耐久限度(Endurance limit)と呼んでいたが、後に疲労限度と呼ばれるものと全く同じである。
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== 疲労が関与した大事故 ==
疲労が原因として関与した[[事故]]の内、特に歴史的に有名な例を示す。
* 1842年: [[ヴェルサイユ列車事故]](車軸の破損)
* 1954年: [[コメット連続墜落事故]]
:: 機体設計時に疲労試験を行っていたが、強度試験をした機体で疲労試験も行ってしまったため応力集中部が[[加工硬化|塑性硬化]]を起こし、疲労強度が大きくなり、実際の使用条件に対して寿命を1桁大きく見積もってしまった。
* 1980年: [[北海油田]]の石油プラットフォーム「アレクサンダーキーランド」の転覆事故(構造体溶接部の破損)
:: 溶接部の疲労試験も点検も行っていなかった。
 
[[File:ALK columns fractures english.png|thumb|「アレクサンダーキーランド」の艤装構造と破壊箇所]]
* 1985年: [[日本航空123便墜落事故]]
::[[日本航空]]によって運行されていた[[ボーイング747]]SR型機が[[墜落]]し、死者520名を出し、過去最悪の航空機事故となった{{Sfn|境田ほか|2011|p=79}}。直接の原因は[[圧力隔壁]]の疲労破壊で、同箇所の事故以前に行われた[[ボーイング社]]の修理が適切ではなかったため疲労破壊発生に至った{{Sfn|境田ほか|2011|p=79}}。
* 1989年: [[ユナイテッド航空232便不時着事故]](エンジンファンの破損)
:: 部品を製造した直後から割れが進行していたにもかかわらず検査によって検出できなかった。
* 1992年: [[エル・アル航空1862便墜落事故]](エンジン接続ピンの破損)
* 1994年: 韓国[[聖水大橋]]崩落事故(鋼材接続ピンおよび溶接部の破損)
:: 検査によって溶接不良を確認していたにもかかわらず放置され、交通量の増大によって急激に疲労が進んでしまった。
* 1998年: [[エシェデ鉄道事故]]
:: ドイツ高速列車[[ICE]]が200km/h時速200キロメートルで走行中に脱線し、101名の死者を出した事故となった{{Sfn|境田ほか|2011|p=80}}。原因は[[弾性車輪]]の外輪と呼ばれる鉄製タイヤ部分の疲労破壊によるものであった{{Sfn|境田ほか|2011|p=80}}。
* 2002年: [[チャイナエアライン611便空中分解事故]](機体スキンの破損)
* 2007年 : [[エキスポランド]] ジェットコースター横転事故(車軸の破損)
 
== 脚注 ==
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* [[応力腐食割れ]]
* [[:en:High Frequency Impact Treatment|HFMI]](高周波衝撃処理)
* [[加工硬化]]
 
==外部リンク==