「秋桜 (山口百恵の曲)」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
編集の要約なし
41行目:
* 提供曲のレコーディングには立ち会うことを常としているが、本作のレコーディングの際にはさだはスタジオに立ち会わなかった。さだが電話で「(結婚をテーマにした作品であるため)まだピンと来ないでしょう?」と尋ねたが、そのとき当時18歳だった山口は「はい」と正直に答えている。しかしその後、結婚を期に引退するラスト・コンサートの日([[1980年]][[10月5日]])に「この歌の意味がようやく分かりました」というメッセージをさだに送っている<ref>さだのデビュー20周年ライヴ・アルバム『[[のちのおもひに]]』第4夜収録の「トーク2」</ref>。
* さだは、山口百恵側からの制作依頼を受けてから督促が来るまで2年間、依頼の事実を忘れていたと言い、その後半年かけて完成したと語っている。
* 作品は山口の[[ファルセット]]を発揮するために高音域を選んだ曲作りがなされている<ref>山口盤は[[ヘ短調]]で歌われているが、さだのセルフヴァーでは[[完全四度]]下の[[ハ短調]]で歌われている。</ref>。ただし、歌番組での山口はオリジナル・キーの[[ヘ短調]]よりも[[短三度]]落とし、[[変ホ短調]]で歌唱することが多かった。
* 本作は元は「小春日和」というタイトルだったが、曲を聴いたプロデューサー(CBSソニーの[[酒井政利]])の提案で「秋桜」に変更となった。当初、さだはタイトルの「秋桜」を、「コスモス」と読ませるつもりはなく、本来の和名である「あきざくら」とするつもりであった(さだは後に短編小説集『[[解夏]]』中に「秋桜(あきざくら)」という作品を出す)。本作のヒットにより「[[コスモス]]」というそれまでになかった読み方が広まるようになった<ref>[[笹原宏之]]編『当て字・当て読み漢字表現辞典』[[2010年]]、[[三省堂]]、274頁、ISBN 978-4-385-13720-9</ref>。
* 嫁ぐ娘が母を想う楽曲であり、後に同じシチュエーションを母親の視点から歌った作品「秋の虹」(『[[家族の肖像 (さだまさしのアルバム)|家族の肖像]]』に収録)が制作されている。
* さだは自身の他の曲で「[[雨やどり (さだまさしの曲)|雨やどり]]」や「[[親父の一番長い日]]」などと同様、妹の[[佐田玲子]]をイメージして詩を書いたが、玲子は2016一度も結婚せずに2017年現在も未だに[[独身]]である。
* [[1982年]]には、[[日立マクセル]]「maxell・エピタキシャル[[ビデオカセット]]」のCMソングに使用された。また[[1995年]]には、[[東映]]映画『[[日本一短い「母」への手紙]]』の主題歌となった。
* [[2008年]][[12月10日]]より[[京浜急行電鉄]]・[[京急久里浜駅]]の接近メロディとしてこの曲が使用されている。
56行目:
#'''秋桜''' (3分34秒)
#* 編曲:[[萩田光雄]]
#'''最後の頁'''(ページ)'''<ref>レコード盤に記載されている曲名は「最'''後'''の頁」であるが、インナー・スリーヴに掲載のさだまさし自筆の歌詞では「最'''后'''の頁」となっているため、双方の表記が混在する。さだがアルバム『[[私花集 (さだまさしのアルバム)|私花集]]』で[[セルフカバー]]した際には「最后の頁」となっている。</ref> (4分17秒)
#* 編曲:[[佐藤準]]