「ルイーズ・ディアーヌ・ドルレアン」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
補足
2行目:
'''ルイーズ・ディアーヌ・ドルレアン'''(Louise Diane d'Orléans, [[1716年]][[6月27日]] - [[1736年]][[9月26日]])は、[[コンティ公]][[ルイ・フランソワ1世 (コンティ公)|ルイ・フランソワ1世]]の妻。
 
[[オルレアン公]][[フィリップ2世 (オルレアン公)|フィリップ2世]]と妻[[フランソワーズ・マリー・ド・ブルボン|フランソワーズ]]の末娘として、[[パリ]]の[[パレ・ロワイヤル]]で生まれた<!--英語版にパレ・ロワイヤルと記載-->。1731年12月にルイ・フランソワと婚約し、翌年1月に[[ヴェルサイユ宮殿]]の王室礼拝堂で結婚した。
 
1734年に長男ルイ・フランソワ・ジョゼフ(のちのコンティ公[[ルイ・フランソワ2世 (コンティ公)|ルイ・フランソワ2世]])を出産した。1736年9月、イッシー(現在の[[イシー=レ=ムリノー]]、[[オー=ド=セーヌ県]]の町)で第2子を死産した後に急死した。遺体はサンタンドレ・デザルク教会に葬られた。