「江藤隆美」の版間の差分

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植民地発言と同じ頃、沖縄県知事の[[大田昌秀]]によるアメリカ軍用地強制使用手続きの代理署名拒否問題が起こった際、[[防衛施設庁]]長官の[[宝珠山昇]]が、オフレコで首相の[[村山富市]]を「頭が悪い」と批判して辞任するなど、メディアがオフレコを報じるべきか報じないべきかをめぐり、その場にいた記者が江藤の「ここから先はオフレコで」という発言を認めていながらオフレコの内容を報道したこととあわせて当時論争になった。
 
なお、江藤は[[2013年]]8月現在、中国・韓国に歴史認識をめぐる発言を追及されて辞任した最後の閣僚である。[[小泉純一郎内閣]]が[[道路公団民営化]]を主張した際には猛然と反発したため、一部から「抵抗勢力」と揶揄され、流行語にもなった([[流行語大賞]]にもノミネートされたが、受賞者は不であった)。
 
[[1998年]][[11月3日]]、勲一等旭日大綬章受章。[[第43回衆議院議員総選挙|2003年の総選挙]]には出馬せず、引退した。通算で当選10回。