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| 子 = '''[[楠木正行|正行]]'''、[[楠木正時|正時]]、[[楠木正儀|正儀]]
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'''楠木 正成'''(くすのき まさしげ)は、[[鎌倉時代]]末期から[[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]にかけての[[武将]]。父は[[楠木正遠]]とされる。息子に[[楠木正行|正行]]、[[楠木正時|正時]]、[[楠木正儀|正儀]]がいる。
 
[[後醍醐天皇]]を奉じて[[鎌倉幕府]]打倒に貢献し、[[建武の新政]]の立役者として[[足利尊氏]]らと共に天皇を助けた<ref>『人物日本の歴史8』106頁。</ref>。尊氏の反抗後は[[新田義貞]]、[[北畠顕家]]とともに[[南朝 (日本)|南朝]]側の軍の一翼を担ったが、[[湊川の戦い]]で尊氏の軍に敗れて自害した。
[[明治]]以降は「'''大楠公'''(だいなんこう)」と称され、明治13年([[1880年]])には[[正一位]]を追贈された。
 
__TOC__
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== 生涯 ==
=== 出自 ===
1,586

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