「新極真会」の版間の差分

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Bukichi (会話 | 投稿記録)
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[[2003年]]、[[7月11日]]にNPO法人全世界空手道連盟新極真会と組織名を改めた。「我こそが真の極真」という姿勢は変わらず、名称を変更したあとも創始者大山倍達とし公式大会の大会名称、開催回数、入賞者も極真会館の記録を引き継いでいる。分裂以降は独自の入賞者になっているが、あくまで以前の大会の流れを引き継いでいるという姿勢である。名称ではなく組織活動での正統性を強調するためか他派がプロ格闘技に参戦したり極真ルール以外の競技を始める中、極真ルールでの最強を目指すことを謳う。新極真会として初の大会となった第8回全世界空手道選手権大会では代表の緑が演武を行い、長渕剛が自作の会歌を歌った。新極真会に改称後の初の世界王者は鈴木国博。来場者全員に会歌のCDが配られた。
 
[[2004年]]、第36回全日本空手道選手権大会では塚越孝行が初優勝。師の西田幸夫と共に組織を離れていた谷川光が復帰し、全日本大会から選手としても活動を再開する。
[[2005年]]、次世代選手の育成を目的としたユースジャパンプロジェクトを発表し、第1回合宿が行われた。
 
[[2005年]]、6月18・19日に大阪で第3回カラテワールドカップが開催された。男子重量級・塚越孝行、男子中量級・ヴァレリー・ディミトロフ、男子軽量級・谷川光、女子重量級・ヴェロニカ・ソゾベトス、女子中量級・佐藤弥沙希、女子軽量級・兼光のぞみがそれぞれ優勝した。10月8・9日に開催された第37回全日本空手道選手権大会では鈴木国博が4度目の優勝を果たした。次世代選手の育成を目的としたユースジャパンプロジェクトを発表し、第1回合宿が行われた。
 
[[2006年]]10月20・21日に開催した第38回全日本空手道選手権大会では塚本徳臣が9年ぶりに全日本優勝を果たした。
 
[[2007年]]、5月19日・20日に開催された第24回全日本ウエイト制空手道選手権大会では男子中量級で山田一仁が、女子軽量級の兼光のぞみが優勝し大会史上初の夫婦優勝を果たした。10月13日・14日に開催された第9回全世界空手道選手権大会では女子部門を新設した。ハンガリーのヴェロニカ・ソゾベトスが初代女子世界チャンピオンとなった。男子は塚越孝行が準々決勝でロシアチャンピオンのデニス・グリゴリエフを、準決勝でワールドカップチャンピオンのヴァレリー・ディミトロフを、決勝でヨーロッパチャンピオンのドナタス・イムブラスを下して優勝した。