「黒田清子」の版間の差分

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[[1994年]](平成6年)頃には、結婚報道が過熱し、記者会見で「報道された男性に迷惑がかかるため自粛して欲しい」と自ら要請した。
 
[[2003年]](平成15年)[[1月]]頃に、次兄の[[秋篠宮文仁親王]]の友人で幼少時から面識のあった東京都職員(現・[[東京都建設局]]第5建設事務所用地[[課長]])の[[黒田慶樹]]と再会。[[2004年]](平成16年)[[1月]]に求婚を受け承諾。同年2月に天皇・皇后に紹介した。[[12月30日]]に婚約を発表。当初11月に予定された婚約内定は[[新潟県中越地震]]に配慮して1度延期され、さらに大叔母に当たる[[宣仁親王妃喜久子]]の薨去に伴って再延期された。
 
[[2005年]](平成17年)[[3月19日]]、[[納采の儀]]。また、同年[[10月21日]]、[[警視庁]][[府中運転免許試験場]]にて[[運転免許]]試験を受け、[[オートマチック限定免許|普通免許(AT車限定)]]を取得。[[10月28日]]に内親王として最後の[[園遊会]]に出席した。
**[[皇居|宮殿]]・松の間にて朝見の儀が行なわれ、[[ローブ・デコルテ]]に[[宝冠章]]・[[ティアラ]]を付けた正装姿で、両親たる天皇・皇后にこれまでの感謝と別れの挨拶。
*[[11月15日]]
**10:00頃、御所・皇居を出立
**11:00、[[帝国ホテル]]蘭の間にて、天皇・皇后、[[皇太子徳仁親王|皇太子]]同妃らが出席のもと結婚式。
**[[天照大神]]を祀った式場を設け、斎主は[[伊勢神宮|神宮大宮司]][[北白川道久]]([[旧皇族]])が務めた。
[[2008年]](平成20年)[[4月]]には、天皇・皇后の結婚記念日を黒田邸で祝った。また、[[2009年]](平成21年)[[12月]]には、夫と共に天皇一家の[[こどもの国]]訪問に参加するなど、結婚以後も天皇・皇后および東宮家・秋篠宮家などと親密な交流がある。
 
[[2012年]](平成24年)4月26日、[[伊勢神宮]]の[[祭主|臨時祭主]]に就任した<ref>{{Cite news | title = 臨時祭主に黒田清子さん=伊勢神宮| agency = 時事通信社| date = 2012-05-07| url = http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012050700437}}</ref>。伯母である[[池田厚子]]祭主を補佐し、[[2013年]](平成25年)10月に行われた第62回[[神宮式年遷宮]]などの神事を司った
 
[[2017年]](平成29年)6月19日付で、池田厚子さんが伊勢神宮祭主を退任に伴い黒田清子が伊勢神宮祭主に就任したことが公表された<ref>[https://this.kiji.is/249798616961648120 伊勢神宮祭主に黒田清子さん]共同通信(2017年6月20日), 2017年6月20日閲覧。</ref>。
 
=== 年譜 ===
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