「公職追放」の版間の差分
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* [[鳩山一郎]] - [[政治家]]。[[統帥権干犯]]問題を発生させて軍部の暴走を招いたことによる。1946年に追放、1951年に追放解除。[[1954年]]、内閣総理大臣。
* [[東久邇宮稔彦王|東久邇稔彦]] - [[陸軍大将]]、[[内閣総理大臣]]。1947年[[臣籍降下|皇籍離脱]]、その直後に[[梨本宮守正王|梨本守正]]ら軍歴のある元皇族とともに公職追放、1952年追放解除。
* [[平野力三]] - 政治家。追放決定当時は[[日本社会党]]衆議院議員。戦時中に所属していた団体が追放対象に加えられたことで該当者となる。平野は追放を差し止める仮処分を民事訴訟として起こし、[[東京地方裁判所]]はこれを認めたが、GHQは「GHQの指令による処分は日本の裁判の管轄外」と申し入れ、
* [[町田忠治]] - [[立憲民政党]]総裁。[[農林大臣]]。戦時中は[[翼賛政治会]]顧問。1945年[[日本進歩党]]総裁に就任するが、1946年1月公職追放。同年11月12日死去。
* [[松野鶴平]] - [[立憲政友会]]幹事長。[[米内内閣]][[鉄道大臣]]。1946年公職追放。選挙区には三男[[松野頼三|頼三]] が身代わり立候補。追放中は[[吉田茂]]の政治顧問。1951年追放解除。翌年の[[参議院]][[補欠選挙]]で政界復帰。のち[[参議院議長]]。
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