「ニューしらゆり」の版間の差分

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|退役=
|引退=
|除籍= [[2016年]]
|最後=
|最後= [[2016年]]、[[インド]]で解体
|現況= インドで解体
|要目注記=
|トン数=
|乗組員= 58名
|積載量=
|車両搭載数= トラック150台 乗用車103台
|その他=
|備考=
 
== 概要 ==
[[フェリーはまなす]] 、[[フェリーしらゆり]]の代船として、僚船の[[ニューはまなす]]とともに[[石川島播磨重工業]]相生工場で建造され、[[1987年]]4月に[[新潟港|新潟]] - [[小樽港|小樽]]航路就航した<ref>{{Cite web
| title = 新日本海フェリー 会社案内 沿革
| publisher = 新日本海フェリー
| accessdate = 2015-10-31}}</ref>。
 
[[2003年]]2月、[[ゆうかり]]の就航により引退、[[上海下関フェリー]]へ売却され'''ゆうとぴあ2'''と改名して、[[下関港|下関]] - [[上海]]・[[青島市|青島]]航路に就航した。週2便での運航を計画したが、上海港の発着枠に空きがなかったため1便は[[青島市|青島]]発着で運航された。 [[2006年]]、中国側の発着地を[[蘇州]][[太倉市|大倉港]]へ変更。当初、中国当局による旅客営業の免許が許認可されなかったため、RORO船として運航されていたが、[[2007年]]8月から旅客営業が開始された<ref>{{Cite journal|和書
 
[[2006年]]には中国側発着地を[[蘇州]][[太倉市|大倉港]]へ変更。当初、中国当局による旅客営業の免許が許認可されなかったためRORO船として運航されていたが、[[2007年]]8月から旅客営業が開始された<ref>{{Cite journal|和書
| title = 地域ニュース 下関―太倉航路フェリーの旅客運送開始
| journal = やまぐち経済月報
| url = http://www.yama-kei.com/pdf/chiiki_taisoferl_0709.pdf
| accessdate = 2015-11-03}}</ref>。
[[2009年]]10月、[[ゆうとぴあIV]]の就航により引退、IHI相生で係船された。
 
[[2009年]]10月に[[ゆうとぴあIV]]後、長期就航によりIHI相生で係船されていたが、解体のため、[[2016年]]6月船名を'''TOP'''と変更、[[香港]]・[[シンガポール]]を経由して[[インド]][[バーヴナガル]]へ回航された後に解体
 
== 設備 ==
=== 船室 ===
従来船と比較して旅客設備が強化されており、その後の新日本海フェリーの新造船の基礎となる設計となった。内装は'''ニューはまなす'''はモダン、'''ニューしらゆり'''はクラシックをテーマにしたものとなっていた。[[1990年]]に船室の増設工事を実施総トン数が増加した。
 
* スイートルーム(2名×2室)
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