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1649年[[1月27日]]、裁判によってチャールズの処刑が宣告された。1月30日、自ら[[ピーテル・パウル・ルーベンス|ルーベンス]]に内装及び天井画を依頼した[[ホワイトホール宮殿]]の[[バンケティング・ハウス]]前で[[公開処刑]]され、チャールズは斬首された。
彼の最期の言葉は、「我は、この堕落した王位を離れ、堕落し得ぬ、人生の極致へと向かう。そこには如何なる争乱も存在し得ず、その世界は安寧で満たされているのだ。」(原文"I go from a corruptible to an incorruptible Crown, where no disturbance can be, no disturbance in the World.")であった。([http://anglicanhistory.org/charles/charles1.html 30 January, 1649]).
 
== 王位継承の家系図 ==
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