「ナイジェル・マンセル」の版間の差分

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[[1991年]]、ウイリアムズは[[エイドリアン・ニューウェイ]]と[[パトリック・ヘッド]]の合作、[[ウィリアムズ・FW14|FW14]]を投入。セミオートマティックトランスミッションの初期トラブルのためマンセルは序盤3戦連続リタイヤを喫し、第4戦のモナコグランプリでようやく2位初完走。第5戦[[カナダグランプリ]]ではスタートから終始トップを走行しながら、最終ラップの残り半周でストップ。当初ガス欠かとも言われたが、レース終了後にマシンを調べたところエンジンが掛かりギアも入ったため「マンセルが観客に手を振った際、誤ってマシンの[[キルスイッチ]]に触れたのでは」という説も囁かれたが、後にマンセル本人が「セミATがシフトダウンする際に勝手にニュートラルに入ってしまう状態になっていて、駆動がかからなくなった。イグニッションを切ったのはエンストした後だ」と語っている<ref name="f1r_1109 38">『F1 RACING』日本版 2011年9月情報号、[[三栄書房]]、p.38、ISBN 9784779612794</ref>。チームはその後、キルスイッチを手の届きにくい場所に移した。
 
第7戦フランスグランプリでシーズン初勝利を挙げると第9戦ドイツグランプリまで3連勝を達成し、開幕4連勝を果たしたセナとのポイント差を詰めた。第13戦ポルトガルグランプリでは首位快走中にタイヤ交換するが、作業クルーの誤判断でホイールナットが締まり切らないまま発進し、ピットレーンで右後輪が脱落する。その後、指定エリア外でピット作業を行ったことがレギュレーション違反とされ、失格処分を受けた。そのため逆転には残る3戦全て勝利することが最低条件となった。続く第14戦スペイングランプリで優勝し、逆転の可能性を残して挑んだたが、第15戦日本グランプリ決勝では、スタートでセナ、ベルガーに先行され、3番手のマンセルは差を詰められず苦しい展開となる。10周目セナの後ろを走行中にコースアウトしリタイア。3度目の王座挑戦も失敗に終わった。コースアウトする直前、マンセルはピットに無線で'''I`m cruising now.'''と言っていたらしい。
 
競争力では中盤以降ウィリアムズ・FW14はマクラーレン・MP4/6を上回ったものの、マシンの信頼性に難があったことに加え、チームや自身のイージーミスが重なり致命的な敗因とタイトルを取れった。
 
==== 悲願成就 ====