「朱友寧」の版間の差分

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叔父・朱全忠が汴を治めるようになると軍職を歴任する。叔父と共に、'''光州'''[[刺史]]の[[秦宗権]]を生け捕りにして、これを処刑した功績により検校右散騎常侍、'''龔・柳'''の両州の刺史に任じられる。
 
903年6月、王師範を攻めたが州で足止めされ、王茂章の軍に挟撃されて斬首された。叔父が皇帝に即位すると、'''安王'''としての[[諡号]]を贈られたという。
 
== 歴史書の記述 ==
=== 新五代史 ===
'''(巻十三 梁家人伝第一)<br />
 友寧字安仁,幼聰敏,喜慍不形於色。太祖以為軍校,善用弓劍。遷衙內制勝都指揮使、龔州刺史.太祖圍鳳翔,遣友寧東備宣武。王師範襲梁,圍齊州,友寧引兵擊之,奪馬千匹,斬首數千級。太祖奉昭宗還京師,拜友寧建武軍節度使,賜號「迎鑾毅勇功臣」。太祖復遣攻師範,圍博昌,屠之,清河為之不流.戰於石樓,兵敗,友寧墮馬見殺。
 
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