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歌舞伎役者
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2006年7月11日 (火) 00:53時点における版

初代中村魁車(しょだい・なかむら・かいしゃ)は戦前期の上方を代表する歌舞伎役者真女形として三代目中村梅玉とともに初代中村鴈治郎の女房役者として知られた。

1875年生れ。初代中村鴈治郎に入門し、1883年初舞台。中村成太郎を名乗る。1914年、初代中村魁車襲名。以後、初代鴈治郎一座の女形として活躍したが、つねに立女形三代目中村梅玉に譲り、鴈治郎を中にして梅玉が本妻、魁車は妾のようだと言われた。1935年に鴈治郎が没して後は、関西歌舞伎界の長老として活躍するも、1945年3月に空襲のため逝去。防空壕内で孫を抱きしめて焼死するという非業の最期だった。

折口信夫に『街衢の戦死者』という追悼文がある。