「百年戦争の背景」の版間の差分

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==抗争==
[[百年戦争]]の遠因は、1066年の[[ノルマン・コンクエスト|ノルマン征服]]によりフランス諸侯である[[ノルマンディ公]]がイングランド王を兼ねたことにまで遡れるが、1154年にアンジュー伯アンリが母方からノルマンディー公兼イングランド王位を相続して[[プランタジネット朝]]を開き(イングランド王としては[[ヘンリー2世 (イングランド王)|ヘンリー2世]])、結婚によって[[アキテーヌ]]公国をも手に入れたことで、イングランド全土とフランスの西半分を占める[[アンジュー帝国]]を作り上げたことが直接の原因である。
 
これによって、プランタジネット家はフランス王の臣下でありながら、フランス王より遥かに広大な所領を持ち、さらに隣国の王位を兼ねるという事態となり、元々[[イル・ド・フランス]]の王領地以外での権力基盤が弱かったフランスの[[カペー朝]]は危機に立たされた。この強大な勢力に対抗し、倒すことがカペー朝の歴代フランス王にとっての課題となったのである。