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* 生母の武子は[[田安徳川家]]家臣の津田栄七の長女で、高井主水の養女となった。武子の実妹の初子が[[津田梅子]]の母親であるため、家達と梅子は従兄妹にあたる。
[[File:Tokugawa Iesato 1927.jpg|thumb|250px|東京大相撲大阪場所を観戦、中央が家達]]
[[File:Prince Tokugawa Iesato LC-USZ62-122291.gifjpg|thumb|250px|晩年の家達]]
* 家達の近習を務めた洋画家の[[川村清雄]]によると、家達は生来おとなしかった。幼少で静岡に移住し、[[静岡浅間神社|浅間神社]]の[[神主]]宅に移り住むことになるなど周囲の環境が激変しても、泣いた所は見たことはなかったという<ref>川村清雄談「慶喜公と亀之助様」『漫談 江戸は過ぎる』(萬里閣書房、1929年、所収)。後に『史話 江戸は過ぎる』([[新人物往来社]]、1969年)の名で復刊。清雄の談話部分は『静岡の美術Ⅶ 川村清雄展』図録([[静岡県立美術館]]、1994年)にも収録151-152頁。</ref>。
* 趣味の[[囲碁]]はアマチュア・トップクラスで、大正15年([[1926年]])に[[喜多文子]]五段に「二子のハンディ」の対局で勝利した棋譜が残されている。
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