「昭和硫黄島」の版間の差分

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→‎新島形成の経過: 出典が付されていない記述を除去し、田中館の調査結果が残っているという事実の記述に整理。
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[[File:150501 Showa Iojima.jpg|right|255px|thumb|昭和硫黄島。2015年5月、南側より。]]
昭和硫黄島が誕生した昭和9年から10年頃の日本は、[[戦時体制]]が強化されつつあり、さまざまな情報の統制が行われていたため、昭和硫黄島の誕生は[[新聞]]等で広く全国に報じられる事もなく、一般に知られることは無かったが、噴火の推移、新島誕生の経過は著名な[[地理学者]]である[[田中館秀三]]<ref>田中館秀三は明治期に[[イタリア]]へ留学した日本の最初期の火山・地理学者で[[ベスビオ火山]]の研究で知られている。昭和18年に誕生した[[昭和新山]]の命名者は田中館である。</ref>により詳細に調査され、田中館によって書かれた複数の[[論文]]記録が残されている。
 
以下、昭和硫黄島形成の経過記録を記す。