「ギデオン」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
Shingo.a (会話 | 投稿記録)
脚注の項目追加
Shingo.a (会話 | 投稿記録)
神が複数出ているので区別
6行目:
 
== 歴史 ==
『士師記』における一連のパターンがそうであるように、イスラエル人は[[カナン]]人に対する[[デボラ]]の勝利がもたらした40年間の平和の後に再び神([[ヤハウェ]])から離れ、神は近隣諸国の[[ミディアン]]人と[[アマレク]]人による攻撃を容認した。神はイスラエル人を解放し、[[偶像礼拝]]を非難するために、マナセ族の中でも目立たない一族から一人の若者ギデオンを選び出した。
 
彼自身の立場も神の命令も非常に不確実なものであったので、彼は連夜互いに正反対の事が遂行されるという二度の奇跡を、神の意志である事の証拠として要請した。
26行目:
ギデオンは、退却するミディアン人と二人の将軍[[オレブ]]と[[ゼエブ]]を追跡するために、使者を送って[[エフライム]]人を先にイスラエルの地に連れて来た。ギデオンと三百人は、ミディアンの二人の王である[[ゼバ]]と[[ツァルムナ]]を追跡した。彼が追跡における援助を求めた時、[[スコト]]と[[ペヌエル]]の人々は断り、ギデオンを嘲った。二人の王を捕らえた後、ギデオンはスコトの人々を懲らしめ、ペヌエルの塔を取り壊し、そこにいた全ての人々を殺した。最終的にギデオン自身が、自分の兄弟たちの死に対する処罰としてゼバとツァルムナを殺した。
 
イスラエル人はギデオンに彼らの王となるよう嘆願したが、ギデオンは彼らの支配者は神のみであると告げて断った。とはいえ、彼が[[エフォド]]を作るために戦利品の純金を持ち帰り、それがイスラエル全体を再び神から離れさせる原因となったのは興味深いことである<ref>[[s:士師記(口語訳)#8:27|士師記(口語訳)#8:27]]</ref>。ギデオンは妻として多くの女性をめとり、七十人の息子を持った。彼はまたそばめを持ち、彼女は男の子を産んで[[アビメレク]](「私の父は王」の意)と名付けた。イスラエルにおける平和は、ギデオンの存命中40年間続いた。ギデオンが老衰で死ぬとすぐに、イスラエル人は再び偽りの神[[ベリト|バアル・ベリト]]を崇拝し、ギデオンの一族を差し置くようになった。
 
== クリスチャンによる解釈 ==