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翌日、その遺体はアウランガーバード近郊[[フルダーバード]]にある[[スーフィー]]聖者[[ザイヌル・ハク]]の墓廟のそばに埋葬された<ref name="p259"/><ref name="p246">ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.246</ref>。アウラングゼーブの墓は過去の皇帝たちの墓と違い、イスラーム教スンナ派の教えに従った屋根のない白大理石の質素な墓であり、彼が最後まで教義に従っていたことを示している<ref name="p246"/>。
 
アウラングゼーブの半世紀にわたる治世、ムガル帝国は南端部を除くインド全域とアフガニスタンにわたる広大な領域を領有し、その没年までに帝国の版図は最大となり、帝国の歴史に最後の輝きを与えた。しかし、その宗教不寛容政策は宗教対立を招き、強引な領土の拡大よる莫大な戦費は財政を破綻させ、前期ムガル帝国の繁栄に終止符を打ち、帝国は衰退期である後期ムガル帝国へと向かっていった。
 
==死後のムガル帝国==
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