「サウジアラビア国家警備隊」の版間の差分

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1975年、アメリカの[[民間軍事会社]]ヴィネル・コーポレーション([[:en:Vinnell]])の参加の下、国家警備隊の近代化プログラムが始まった。このために約1千人のアメリカ人教官が招聘され、国家警備隊は近代兵器と重火器を装備された。また、指揮官の養成のために、士官学校、ハリド国王軍事大学が開校された。その結果、1980年代初めまでに、国家警備隊は、4個混成大隊を有し、装備・練度において正規軍を上回るエリート部隊となった。
 
湾岸戦争ではクウェートとの国境付近でイラク軍と交戦している。2011年にはアラブ騒乱で湾岸協力軍の中核としてバーレーンに派遣されている。
 
2013年5月、国家警備隊司令官の職が閣僚級の[[国家警備隊大臣]]に変更された。
 
軍事組織としての役目だけでなく、王家直轄の施設の運営も行っており、スポーツ競技場やキングファアド国家警備隊病院を運営している。国家警備隊病院は設備、診療内容ともにサウジアラビアのトップクラスと評価されており<ref>http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/nm_east/saudi.html 日本外務省の医療情報</ref>王族に心疾患者が多いことから心臓外科に関しては特に高い水準を誇っており、心臓手術ができる空飛ぶ病院といわれる専用機の運用も行っている。