「諏訪貴子」の版間の差分

編集の要約なし
|署名 =
}}
'''諏訪 貴子'''(すわ たかこ、[[1971年]][[5月10日]]<ref>[http://pub.nikkan.co.jp/uploads/magazine_introduce/pdf_4f61904e24070-4.pdf 諏訪貴子「「今」そして「これから」を常に見据えて」] 『型技術』2012年4月号</ref> - )は、日本の[[実業家]][[ダイヤ精機]]代表取締役社長。
 
== 来歴 ==
[[東京都]][[大田区]]出身。1995年4月、[[成蹊大学]]工学部卒業後、[[日立オートモティブシステムズ|ユニシアジェックス]]に入社。エンジニアして2年間勤務後、1997年出産を機に退職。翌1998年、先代社長の父保雄の要請でダイヤ精機に入社<ref>[http://www.newtopleader.jp/pickup/compete/586/3/ 町工場であり続け、次世代に職人の技を伝えたい(ダイヤ精機株式会社・社長 諏訪貴子氏) ニュートップL. 2013年5月号]</ref>。総務担当時に社長である保雄と経営の考えの相違で、入退社を2回程繰返す。2004年、保雄の逝去を機に32歳で社長に就任。[[2011年]]から[[経済産業省]]・[[産業構造審議会]]の委員を務める。[[2012年]]12月6日、[[日経ウーマン]]主催のウーマン・オブ・ザ・イヤー2013 大賞(リーダー部門)を受賞<ref>『大賞は「町工場の星」諏訪貴子さん ウーマン・オブ・ザ・イヤー』 日本経済新聞、2012年12月6日</ref>。
 
== エピソード・発言 ==
* 女性経営者として選択的[[夫婦別姓]]制度の実現を希望している。経営者に就任した際に旧姓に戻すなどしたが、契約等、など様々な障害になっている、と語っている<ref>[http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/female_manager/pdf/001_gijiroku.pdf 枝野経済産業大臣と女性経営者との懇談会議事録]、2012年5月17日</ref>。
* 新入社員には、入社後1月間「交換日記」をしているという<ref>Highlighting JAPAN 2012年9月号, Public Relations Office.</ref>。
 
== 出演番組 ==
[[Category:日本の実業家]]
[[Category:日立グループの人物]]
[[Category:東京都区部出身の人物]]
[[Category:成蹊大学出身の人物]]
[[Category:東京都区部出身の人物]]
[[Category:1971年生]]
[[Category:存命人物]]
匿名利用者