「ルイジアナ買収」の版間の差分

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当時の「[[フランス領ルイジアナ|仏領ルイジアナ]]」は主に[[ミシシッピ川]]流域の広大な領地で、現在の[[アイオワ州|アイオワ]]、[[アーカンソー州|アーカンソー]]、[[オクラホマ州|オクラホマ]]、[[カンザス州|カンザス]]、[[コロラド州|コロラド]]、[[サウスダコタ州|サウスダコタ]]、[[テキサス州|テキサス]]、[[ニューメキシコ州|ニューメキシコ]]、[[ネブラスカ州|ネブラスカ]]、[[ノースダコタ州|ノースダコタ]]、[[ミズーリ州|ミズーリ]]、[[ミネソタ州|ミネソタ]]、[[モンタナ州|モンタナ]]、[[ルイジアナ州|ルイジアナ]]、[[ワイオミング州|ワイオミング]]の15州にまたがる。
 
アメリカ第3代[[アメリカ合衆国大統領|大統領]]の[[トーマス・ジェファーソン]]は、当初は仏領[[ニューオーリンズ]]を領有したいと考えていた。ニューオーリンズはミシシッピ川の河口に位置し、物流の拠点として重要な街となっていた。
 
ジェファーソンは1802年に特使を[[パリ]]に派遣し、ニューオーリンズ買収を提案した。当時フランスは[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]の執政下にあり、イギリスとは敵対していた。イギリスが[[カナダ]]からルイジアナに侵攻した場合、これを防衛することはそもそも無理と結論したナポレオンは、むしろこれを売却してこれで得た利益を大陸での戦費にあて、さらにアメリカの[[ヨーロッパ]]政策をフランス寄りにすることができることも期待して、全ルイジアナを破格の1500万ドルでアメリカに売却することを決定した。