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[[古代ローマ]]時代の住民統計ケンス({{lang-la|Census}}:センサス→[[国勢調査]])で、自分の子供以外に富を生み出す[[財産]]を持っていなかった[[階層]]の人々を指すものとして用いられたラテン語の'''Proles'''(英語:offspring)に由来する。
 
[[フランス]]の二月革命など[[ヨーロッパ|欧州]]各地で起きた[[1848年革命]]に強く影響を与えた、[[ドイツ]]の[[学者]][[ロレンツ・フォン・シュタイン]]が1842年に執筆・刊行した著書『[[今日のフランスにおける社会主義と共産主義]]』で、この語を[[資本主義]]体制下の[[生産手段]]を持たない[[貧困]][[社会階級|階級]]の意味で使ったのが有意の初出とされる。
 
マルクスとエンゲルスは、1848年に刊行された『[[共産党宣言]]』の中で、「今日まであらゆる社会の歴史は、[[階級闘争]]の歴史である」という歴史観を述べた。その上で、近代ブルジョワ社会においては全社会が[[ブルジョワジー]]とプロレタリアートに分かれていくこと(両極分解論)、そして最終的には[[プロレタリア革命]]によってプロレタリアートが勝利し、階級対立の歴史が終わることを予言した<ref>{{Cite |和書 |author1=マルクス |author2=エンゲルス |title=共産党宣言 |translator=[[大内兵衛]]・[[向坂逸郎]] |publisher=[[岩波書店]] |series=[[岩波文庫]] |year=1951 }}</ref>。
 
エンゲルスが1895年に死んだ後、[[マルクス主義]][[政党]]として急速に勢力を拡大していた[[ドイツ社会民主党]]において[[修正主義|修正主義論争]]が起こった。[[エドゥアルト・ベルンシュタイン]]は[[株式会社]]制度のため[[イギリス]]やフランスにおいて有産層はむしろ増えていることを指摘し、『共産党宣言』の両極分解論を否定した<ref>{{Cite |和書 |author=エドゥアルト・ベルンシュタイン |title=社会主義の諸前提と社会民主主義の任務 |translator=[[佐瀬昌盛]] |publisher=[[ダイヤモンド社]] |year=1974 }}</ref>。事実、[[西ヨーロッパ|西欧]][[先進国]]においてはプロレタリア政党は権力を獲得できなかった。むしろプロレタリアートが多数を占めていない[[ロシア]]や[[中華人民共和国|中国]]において革命が起こった。
 
1989年に起きた[[東欧革命]]と1991年の[[ソ連崩壊]]で[[ソビエト連邦]]や[[東ヨーロッパ|東欧]]の主だった[[社会主義国|社会主義体制国家]]が崩壊し、資本主義体制下で存続していた[[共産党]]をはじめとする数ある[[共産主義]]政党・[[社会主義]]政党も[[共産主義革命|社会主義革命]]を目指した[[政党綱領]]を放棄し、あるいは綱領中で党がもっぱらその利益を代表するとしたプロレタリアート概念を取り下げて、特定の階級を代表しない、いわゆる[[国民政党]]へ転じたため、政治的に有意に用いられるのは存続した社会主義体制国家とその[[一党独裁制|支配政党]]にほぼ限定されるものとなった。
 
ただし、[[新自由主義]]的な[[経済政策]]のもと、[[正規雇用]]にありつけず安定した生活が送れない多くの人々が生み出され、経済先進国に出現した新たな貧困層をプロレタリアートになぞらえて不安定なプロレタリアート=[[プレカリアート]]と呼ぶようになり、この概念は姿を変えて存続している。
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