メインメニューを開く

差分

編集の要約なし
[[ドイツ革命]]([[1918年]])によって君主制が倒されると、諸国はそれぞれ[[共和政]]に移行した。[[ヴァイマル共和政]]下の[[1920年]]、ゴータとの[[同君連合]]を解消して[[バイエルン州|バイエルン]]との統合を決めた[[コーブルク]]を除くテューリンゲン諸国が合併して「[[テューリンゲン州 (1920年-1952年)|テューリンゲン州]]」('''[[:de:Land Thüringen (1920–1952)|Land Thüringen]]''')が誕生した。州都は[[ヴァイマル]]に定められた。
 
[[第二次世界大戦]]末に[[米軍]]にって占領されるが、1945年7月から[[ソビエト連邦軍]]の[[連合軍軍政期 (ドイツ)|占領下]]におかれた。[[1949年]]には[[ドイツ民主共和国]](東ドイツ)が建国され、プロイセン王国時代にザクセン県であった[[エアフルト]]、[[ミュールハウゼン]]、 [[ノルトハウゼン]]などがテューリンゲン州に組み入れられて州の領域は拡大し、中心機能がエアフルトに遷された。
 
[[1952年]]に東ドイツは全国を15の県('''Bezirke''')に分割した。テューリンゲン州は[[エアフルト県]]、[[ゲーラ県]]、[[ズール県]]に分割された。
4,126

回編集