「経 (仏教)」の版間の差分

 
==== 南宋版系 ====
南宋から明代にかけても各地で私版の大蔵経の作成が続いた。それは、[[福州市|福州]]([[福建省]])等覚禅院で[[11世紀]]末に開始された『等覚禅院版』([[1075年]] - [[1112年]])に始まる。これは、北宋版系や契丹版系の国家事業としての開版とは異なり、信者の寄進による私版の事業であった。以後、同じく福州「開元寺版」(1112年 - [[1151年]])や[[湖州]]の『思渓版』([[1126年]] - [[1132年]])、[[蘇州市|蘇州]]で開版された『磧砂版』([[1232年]] - [[1305年]])、[[杭州市|杭州]]の『普寧版』([[1277年]] - [[1290年]])といった蔵経の印刷が続いた。この系統も、標準形式である毎行17字である。
 
[[明]]末になると、それまでの巻物ではない新しい形式の[[袋綴じ]]本の『万暦版大蔵経』(徑山蔵)が出版された。[[清]]朝の大蔵経である『龍蔵』や、後述の日本の『鉄眼版』、『卍字藏』は、この系統に属する。