「軽騎兵」の版間の差分

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近世には西ヨーロッパの各国でも次第に軽騎兵を傭兵に頼るのではなく、正規部隊として編成するようになっていった。[[フランス]]では[[ルイ14世 (フランス王)|ルイ14世]]の治世の間に、ハンガリー騎兵(ユサール)を基にして初の軽騎兵隊が編成され、それ以降フランスの騎兵隊には必ず軽騎兵が含まれるようになった。[[ハプスブルク君主国|オーストリア]]軍の[[散兵]]に悩まされた[[プロイセン王国|プロイセン]]の[[フリードリヒ2世 (プロイセン王)|フリードリヒ大王]]もまた、軽騎兵の運用に熱心であった。[[オーストリア継承戦争]]において敵の散兵に対し、ユサールを広く効果的に使用したのである。部隊の前方に展開し、偵察や敵の散兵線の破壊を行うユサールは、非常に有効な兵種であった。
 
[[ポーランド・リトアニア共和国]]の「[[ユサール#ポーランド騎兵|フサリア]]」はユサールを起源としていたが、16世紀には赤い[[ベルベット]]の上着に[[白銀]]の重装備の甲冑をまとい長大な槍を携え、巨大な羽飾りを背中につけ突撃を行う重騎兵という独特の形態に発展し、18世紀まで活躍した。またポーランドのより軽量な槍騎兵である[[ウーラン]]は18世紀頃から復活した槍騎兵の主流として各国で模倣された。
 
==関連項目==