「ボンゴ・フューリー」の版間の差分

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== 概要 ==
このアルバムの大部分を占めるライブ演奏は、1975年5月20日から21日にかけて[[テキサス州]][[オースティン (テキサス州)|オースティン]]のアルマジロ世界本部 ([[:en:Armadillo World Headquarters|Armadillo World Headquarters]]) で録音された。また、スタジオ音源は1974年の1月、『[[ワン・サイズ・フィッツ・オール]]』や『[[スタジオ・タン]]』の大部分が制作されたセッション期間中に録音された。
 
この作品は、ザッパの膨大なディスコグラフィ全体の中でも、とりわけ重要な作品の1つとなっている。『[[アポストロフィ (')]]』や『[[ロキシー&エルスウェア]]』などの先行する作品で大々的に活躍していた、1970年代初期に、ザッパが率いたバンドのメンバーの多くにとって、ザッパとの共演はこのアルバムが最後となる。[[ナポレオン・マーフィー・ブロック]]は「キャロライナ・ハードコア・エクスタシィ」における3声のハーモニーのみならず、のたうち回るような「アドヴァンス・ロマンス」においてもヴォーカルを務めている。[[キャプテン・ビーフハート]]は、彼にとってはおそらく唯一となったザッパのバンドとのツアーで、2つの短い詩の朗読「角刈りのサム」「マン・ウィズ・ザ・ウーマン・ヘッド」を含めたいくつかの曲でヴォーカルを披露している。また『ボンゴ・フューリー』は、1978年までドラマーとしてザッパのバンドの中核を担った[[テリー・ボジオ]]がはじめて参加した作品としても知られる。