「式守伊之助」の版間の差分

意味をなしてない接続詞を除去、報道関係の文章そのままのような文体を一部修正。
(意味をなしてない接続詞を除去、報道関係の文章そのままのような文体を一部修正。)
[[2008年]]5月場所からは10代[[三太夫 (行司)|式守勘太夫]]が[[木村庄之助 (36代)|38代]]を襲名した。[[2011年]]11月場所より38代が庄之助を襲名し、[[木村玉光 (16代)|16代木村玉光]]が39代を襲名するはずだったが、健康問題を理由に辞退したため、伊之助は暫く空位となった<ref>立行司が一人になるのは庄之助が不在だった[[2006年]]3月場所以来である。</ref>。[[2012年]]11月場所より10代木村庄三郎が[[木村庄之助 (37代)|39代]]を襲名した。[[2013年]]11月場所、39代が庄之助を襲名したのに伴い、11代[[三太夫 (行司)|式守錦太夫]]が40代を襲名した。
 
だが、2017年[[沖縄県]][[宜野湾市]]で巡業があっ行われ12121616日の夜、40代式守伊之助が宿泊先のホテルで食事中に泥酔した際、部屋まで付き添てくれ1010代の若手行司に数回キスし、胸を1に1度触たとされる。15日に報告を受けた協会が伊之助から事情を聴いたところ、否定しなかったという。宮城野親方は伊之助について「飲むと、正気を失うところがあった」と述べ、「言い聞かせて酒をやめてもらうしかない」と語った。相撲協会が、本人を呼んでから事情聴取した際に「泥酔していたので覚えていない」や「自分は'''男色'''の趣味はないので、なぜこのような行為をしたのか分からない」などと話していた。
 
== 式守伊之助の代々 ==
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