「富岡八幡宮」の版間の差分
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== 境内 ==
* 社殿
*: 社殿は、[[1683年]]([[天和 (日本)|天和]]3年)に焼失し、元禄16年には地震により損壊し、[[1923年]]([[大正]]12年)の[[関東大震災]]でも損壊し、さらに空襲でも被害を受けるなどし、再建や修復を繰り返した。現在の社殿は1956年(昭和31年)に造営され、鉄筋コンクリートを使用した、「重層型準八幡造り」となっている。
* 末社
** 七渡神社・粟島神社 - 七渡神社は七渡弁天と親しまれる地主神で、八幡宮が創祀される以前から祀られている。
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** 富士浅間社・金刀比羅社
* [[昭和天皇]]の記念碑
*: 社殿が空襲を受けた後の1945年(昭和20年)[[3月18日]]、被災地を視察した[[昭和天皇]]が[[侍従|侍従長]]・[[藤田尚徳]]に「今度の場合は<ref>[[昭和天皇]]は[[皇太子]]時代に[[関東大震災]]被災地を視察している。</ref>、はるかに無残な感じだ。コンクリートの残骸などが残っているし、一段と胸が痛む。悲惨だね。侍従長! これで東京もとうとう焦土になったね」と語ったことを記念したものである。
* [[伊能忠敬]]の銅像
*: 江戸時代の測量家である伊能忠敬は、当時深川界隈に居住し、測量に出かける際は、安全祈願のため富岡八幡宮に必ず参拝に来ていたことから、[[2001年]]([[平成]]13年)に当社境内に銅像が建立された。
* 資料館
*: 富岡八幡宮の歴史をはじめ深川や[[木場]]の歴史にまつわる資料が展示されている。
* 力持碑
*: 東京都指定無形民俗文化財及び江東区登録無形民俗文化財となっている民俗芸能「深川の力持」を記念した石碑。
* 木場の角乗碑
*: 東京都指定無形民俗文化財及び江東区登録無形民俗文化財となっている民俗芸能「木場の角乗」を記念した石碑。
== 祭礼 ==
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==氏子地域==
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